ps121289_l

増川宏一語る「研究の切り口」―その〔3〕(全3部)


増川宏一語る「研究の切り口」―その〔3〕(全3部)
(本文:増川宏一、解説・レビュー:蔵原大、協力:草場純、仲知喜)

————
■【解 説】
  蔵原 大

 増川宏一といえば、ゲーム研究にとって「大先輩」にあたる、遊戯史研究の分野でご活躍されてきた高名な研究者です。将棋や賭博(ギャンブル)の盛衰に関する増川先生の史学研究について、ご存知の方も多いでしょう。

■ 遊戯史学会:http://www.gameshistory.net/

 先日、幸運にも増川先生とご縁ができましたので、当AGSの草場純顧問を介して、遊戯史や歴史研究における「研究の切り口はどのように見つけたらよいのか」をお聞きしました。遊戯史(あるいは歴史学やゲーム研究)はどんなポイントから研究してゆく学問なのか、ということをお訊ねしたわけです。

 以下の【本文】は、増川先生のご承認を得て、先生よりいただいたお手紙を転載したものです。長くなりますので、今回は三分割したうちの最後の部分「その〔3〕」を公開しました。

●その1( http://analoggamestudies.com/?p=199 )
●その2( http://analoggamestudies.com/?p=359 )

はすでに公開中です。

———————–

■【本 文―その〔3〕】
  増川宏一

(その〔2〕 からの続きです)

 資料を探すのも大事な研究の一環です。信頼できる第一級の資料に辿りつくことは立派な研究活動です。

 よい資料を入手したら、それをどう読み解くか、自分の力量が試される問題です。大切な箇所に気がつかなかったり、見落とさないように鍛錬しておくことが必要です。これが無いと「猫に小判」で、たぶん私はいつも見過ごしているのではないかと思っています。

 遊戯史研究は、従来の史資料を遊戯史の観点から再検討することです。例えば『中世法例史資料』のなかに大和薬師寺の「薬師寺博奕制禁評定記録」(永禄一一年・一五六八年・三・二)の評定で「博奕徳政」のことが述べられています。この数年前も寺領内の博奕倍増とあるのですが、ついに博奕徳政をせざるをえないようになっています。賭博で負けた借財を全部チャラにする、という意味でしょうが、日本の遊戯史上、このような珍しいことがあったのにこれ迄、どなたも言及されませんでした。それで『(仮題)日本遊戯思想史』で述べることにしました。

 記録類の内容を積語しなければならない一例です。

解説コメント:この「博奕」とは「バクチ」ことギャンブル行為。なお「永禄一一年」とは、「桶狭間の戦い」が永禄三年(一五六〇年)、イギリスの劇作家シェイクスピアの生誕が永禄七年(一五六四年)に相当〕

 以上が先日の御手紙の返事です。御満足いただけなかったように思いますし、参考にならなかったと思います。

 研究の苦労や失敗談は幾つかありますが、これこそ参考にならないので省略しました。

 私は「遊び」を人間の生活のなかで正当に位置づけたいと思い、そのためには不当な評価や蔑視、無視を正そうと常々思っています。

 粗雑な返事になりましたが御容赦ください。

[追伸]
 私は次作『(仮題)日本遊戯思想史』の下書きのため毎日忙しくしております。昨日は長時間図書館で戦前戦中の「少年倶楽部」の少年小説を読み耽りました。とても懐しく、完全にタイムスリップした一日でした。少年に与えた軍国思想も「切り口」のひとつでしたので。

[二伸]
 切り口というのは一定の視点から述べることで、追伸のところは、「少年に与えた軍国主義、軍国思想」は、誰がどのようにして与えたのかを告発したい、という意図からです。あの時、手紙に書いたと思いますが、太平洋戦争が始まってまもなく、ミッドウェー海戦で日本海軍は大敗北で、戦死者三,〇五七名でした。この戦死者のうち、一四歳で海軍に志願した者八名、一五歳で志願した者三九名、一六歳で志願の者一五八名、一七歳で海軍に志願して戦死した者二六一名です。戦争が前途有為の青少年を殺したことに憤りといたましい気持ですが、それとは別に、一四歳、一五歳は親の反対を押し切ってか、親に隠して志願したのでしょう。その子供達は、つい先刻まで米英撃滅カルタで遊び、征け少年よ、という絵双六で遊び、少年倶楽部の軍事冒険小説で米英と闘うことを教え込まれ、海軍に志願して戦死したのです。

ミッドウェー海戦

 私は玩具や少年物語物が戦死へ誘う用具に転化した、本来楽しむべき遊戯具が、たとえ一時的にしろ、限られた社会状況にせよ、本来と異なる役割を果した、と知り、遊戯史研究の視野が開けたように思いました。これも『日本遊戯思想史』に記しましたが、どの立場からモノを見るか、が「切り口」の最も大切なことと思います。

(おわり)

———————–

■【レビュー:増川宏一『将棋の歴史』】
  蔵原 大
将棋の歴史

 なお読者の中には増川先生の業績に不案内な方もおられるかもと思い、ここに先生のご著書のレビューを付け加えました。理解の一助にしてくだされば、幸いです。

 ところで増川宏一先生の名前を世に知らしめているものは、やはり先生の将棋史にかんする研究の成果でしょう。そのまとめにあたるのが、平凡社から出された『将棋の歴史』です。

http://www.amazon.co.jp/dp/4582856705

 よく将棋は、日本の伝統文芸のひとつとして引き合いに出されます。棋士たちの活躍やコメントが週刊誌に載ることだって、そう珍しくありません。にもかかわらず意外にも、将棋に関する歴史は、研究者が少ないせいか、今でも誤解されていたり、よくわからない点が少なくないのです。

 例えば……

 ▼日本の将棋は、中国の由来か、東南アジアから来たのか?
 ▼昔の「大将棋」「中将棋」は、実際にプレイされていたのか?
 ▼江戸時代、将棋指しは幕府から優遇されていた、というのは本当か?
 ▼明治から今まで、将棋とマスコミはどう寄り添ってきたか?

などなど、案外に知られていない諸々の事柄について、増川『将棋の歴史』は丁寧に解説してくれます。

 こうした将棋に関する歴史をひも解いていくと、いわゆる「伝統」「日本文化」が、外国の影響を受けていたり、思いがけない方向にチェンジしたり等、単なる古めかしさとは一線を画することが分かってきます。

 それというのも「伝統」とは、太古からの既定路線ではなく、昔の人・今の人・外国の人・この国の人々が作り出していく合作だからなのでしょう。将棋を通じて、改めて日本のモノづくり文化、クールジャパンを考え直すというのも面白いかもしれませんね。

———————

■【むりやり関連書籍】

● 山田芳裕『へうげもの』(漫画)
へうげもの
( http://www.moae.jp/comic/hyougemono )

 もともと茶の湯は、将棋と同じく、海外から伝来したポップな食文化の一つでした。茶の道に半生をかけた稀代のオタクこと古田織部のケシカラン生涯を追いかけるクールなマンガ!
 カッコイイって、こういうヤツだね。

● 東島誠『自由にしてケシカラン人々の世紀』
自由にしてケシカラン人々の世紀
( http://book.akahoshitakuya.com/b/4062584670 )

 中世の将棋は、もともと公家・僧侶といったセレブ限定の遊びだったと考えられています。コマを漢字で見分ける将棋、あるいは短歌のような文字遊びは、読み書きができない庶民には閉ざされていました。

 それが戦乱の南北朝時代になると、社会の表舞台に「悪党」「異類異形」なるパンクなベンチャー人が出没し、「江湖」という開かれた実力主義が駆けぬけ、公序良俗をかき乱しつつ、将棋を始めとする諸々の文化を庶民へと解放していくのです。

 『自由にしてケシカラン人々の世紀』は、アニメ『もののけ姫』、後醍醐天皇や楠木正成に象徴される「異類異形」「異形の王権」の生きざまをヴィヴィッドに描きつつ、世の中の混乱から生まれる歴史のイフこと「可能態」を足がかりにアキハバラの今、現代世界の変革まで見すえた野心作です!