冒険に満ちた散歩

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冒険に満ちた散歩

齋藤 路恵 (協力:岡和田晃)

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わたしたちはしばしば「もし~だったら」と考える。もし地球の温度が一度上がったら、もしドラえもんの道具が手に入ったら、もし今この人生が夢だったら。
わたしたちはあり得たはずの別の可能性と隣り合う。つまり、想像を通じて異界と隣り合っている。
異界と写真について考えてみる。
写真はかつて異界の扉ではなかったか。カメラは異界への瞬間移動装置だったのでは? いや、きっとカメラは今日においても移動装置なのだ。わたしたちは写真に慣れ、長い間に、あるいは驚くほどの短い間に、そのことを忘れてしまったのだろう。
ここにフォトゲームブックがある。これを通して、わたしたちはかつて異界の創造者であり、今日において、なお異界の創造者であることを思い出してみよう。

こちらはあまのしんたろう氏のフォトゲームブックのサイトだ。

(あまの氏のフォトゲームブック「ウィンベー・バカンス」3頁の写真)

フォトゲームブックのしくみはそれほどむずかしいものではない。選択肢があり、それをたどると、ある写真、ある物語に行きつく。
おそらく少し勉強すれば同じような形式のものを作れるはずだ。

これらのゲームブックに使われている写真は現実に存在する場所だ。だが、写真とともに進行する物語は必ずしも日常生活の延長とは言えない。
日常のようで日常でない物語、読み手はその中を回遊することとなる。

カメラについて少し考えてみよう。最初期のカメラはまさしく魔法だった。複雑で危険な薬品を使いこなす。そして、自らを陰画紙に定着させる。それは絵画と似たものだったが、絵画とはまったく違うやり方で自らの客観視を可能にするものだった。
やがて技術革新が進み、写真は誰にでも撮影可能になった。進歩したカメラはわたしたちに手軽なフレーミング技術を与えてくれた。フレーミングとはここでは、世界を四角く切り取ることを指す。

もともと人間の視覚に境界線はない。上下左右への自由な移動。好きな場所にピントを合わせ、それをまた一瞬で変える。人間が視界をフレーミングするようになるのは、紙やキャンバスといった限りのあるものに、世界を写しかえようとしてからだ。
カメラは無限定な世界を四角く切り取って見せる。世界を四角く切りとること、それ自体は絵画もよくやっていた。だが、絵画の構図は手作業である。作者は時間をかけて絵の構図を完成させる。カメラはボタンを押した瞬間に世界が切り取られる。
カメラのフレーミングはしばしば意図せざる世界を出現させる。その偶発的な世界は、わたしたちの日常でありながら、わたしの意図によらない。それは異界なのだ。それも、限定され、完成した異界。切り取られた世界は完結した一つの世界だ。
写真は無限にズームアップできる世界でもある。ズームの限界がきたら、複写をやり直し、またズームすればいい。むろん、ズームアップすれば精度は下がる。すぐに何が何だかわからなくなる。でも、ズームアップできなくなるわけではない。理論上は永遠にズームアップを繰り返せる。
一方でズームダウンには限りがある。ズームダウンを繰り返すとやがて対象の外側が入ってくる。外側の侵入を防ぐことはできない。ズームダウンの限界は切り取られた世界の区切りであり、完結である。
わたしたちは無限の深さを持つ写真の内部において、また、無限の広がりを感じることができる。写真の中にあるもの、写真に写り込んでいないものの外部を想像する。外部の広大さはフレームによってこそ拡張される。
目で風景を見る場合、それは無限定の世界だ。見えない部分、世界の外側は遠くにある。
フレームの中の空間は制限されていて、世界の外側はすぐ近くにある。ビルの物陰の狂人を恐れるように、わたしは写真の奥の世界を恐れる。フレームの外側、あの闇の内に潜むものはなんだろうと警戒する。
見知った世界とよく似た異界の光景。ぼんやりとした不安の影。テキストはその闇の風景に輪郭を与える。曖昧で見えなかったもの、ぼやけていた輪郭が浮き上がり、世界が屹立する。わたしはその微かな瞬間に立ち会う。
でも、闇から現れでるものは恐怖の怪物とは限らない。暖かい日差しと穏やかな海、地に足をつけて暮らす人のやさしい言葉かもしれない。見えてはいたが、気づいていなかったものが瞬間に立ち上がる。
一方で、テキストはすべてを見えるようにするわけではない。テキストはさらに光の当たらない場所、より濃い闇を生み出す。テキストが行うのは世界の対照(コントラスト)をはっきりさせることだ。
人はテキストで書かれたものに注目する。テキストで書かれなかったものは目に入らなくなる。それまでぼんやりと見えていたものが闇に溶け込む。テキストによってそれは不可視になる。茫漠とした地になり、足元に暗闇を与える。

テキストを読む。予想と違う位置に輪郭線が引かれる。少し驚く。でも、理解できる。過去にそれを知っていたわけでもない。知っていたわけではないのに理解している。
変わった風景ではない写真。どこかにありそうだが、どこをとったのかわからない写真。

もう異界に入る準備はできている。テキストが立ち上がる。ああ、やっぱりここはいつもと違う場所だった。

これはわたしが作っても同じことだ。写真を撮る。影ができる。別の世界が始まる。テキストをつける。世界の闇が濃くなる。闇から声が聞こえてくる。わたしはこの闇からの声を知っている。闇から声がすると知っていた。懐かしい。
さあ、わくわくしよう。強い光と濃い影の中、わたしの冒険に満ちた散歩が始まる。

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しゃしんか あまのしんたろう こうしきさいと ヤミーアートミュージアム

http://shintaro-amano.com/

遊びに潜む民俗 1

《遊びに潜む民俗 1》

●本文:草場純(遊戯史学会・理事)、解説ほか:蔵原大
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《本 文》

◆◆♪あぶくたった 煮え立った 煮えたかどうだか 食べてみよ ムシャムシャムシャ◆◆※注

( https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=Nfv3cY8VnLY )

野外の童(わらべ)遊びが滅んでいく中、まだ残っているのが、この「あぶくたった」とあとは「花一匁(はないちもんめ)」「初めの一歩」ぐらいでしょうか。ところでこの「あぶく」は何のあぶくなのでしょうか。何が煮え立ったのでしょうか。もう少し遊びを追ってみましょう。

あぶくたった」では、コドモ達は輪になって一人のオニを取り囲みます。オニはしゃがまされ、ムシャムシャムシャのときに つつかれたりします。ですから、煮えるのはオニなのですが、果たして鬼が煮えるものなのでしょうか。そうでないなら、オニ とは一体何でしょうか?

この後、二度同じことを繰り返し、三度目に「もう煮えた」と言われ、オニは別の場所に移されます。そこはコドモ達によって「戸棚」とされます。

◆◆♪トダナに仕舞って、鍵かけて、ご飯を食べて、お布団敷いて、電気を消して、もう寝ましょう◆◆※注

コドモたちが寝てしまうと、オニが「トントントン」と言います。コドモ達が「何の音?」と聞くと「風の音」などとオニが答え、コドモ達は「ああよかった。」と応じます。そして三回目(とは限らないが)にオニが「お化けの音」と答えて、コドモ達は逃げ、ここから鬼ごっこが始まり、掴(つか)まった子が次の鬼になるわけです。

煮られ、食べられ、戸棚に仕舞われ、お化けになるモノって何でしょう。実はこれは「小豆(あずき)の精」なのです

古代の社会には、イモ文化圏、マメ文化圏、イネ文化圏、ムギ文化圏、コーリャン文化圏などがあり、それらは重層しつつ基本的には産業革命まで続いたとされます。「あぶくたった」は、そうした日本文化の古層にまで辿れる遊びだと思われます。

いや逆に、産業革命以後の近代文化に覆われたイネ文化の、そのまた下に隠されたイモ・マメ文化だからこそ、遊びの中にようやく命脈を保ってきたとも考えられます。

それは丁度ヨーロッパで、万聖夜(ハローウィン)の夜にジャック・オ・ランタンを先頭に飛び出してきて翌日の万聖節には上層のキリスト教に覆われて再び地下へ消えていく、キリスト教以前の精霊たちのようです。

すなわち子ども達は、遊びの中に文化の古層を学ぶのだとも考えられるのです。<終わり>

※解説者注:皆さんご存知のように、いわゆる民謡とは、役所や企業から押し付けられた既製品ではなく、各地の人々が個別に工夫した風習・口伝です。民謡には時代・地域ごとに多彩なバリエーションがあります。ですから皆さんがお聞き及びの「あぶくたった」と本文のそれとが若干異なることはご了承ください。

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《解 説》

草場純氏は、双六の前近代史研究などで知られるゲーム研究者です。
本文は、草場氏が以前にNPO法人世界のボードゲームを広める会「ゆうもあ」の機関誌『ゆうもりすと』に掲載した記事の転載です。

なお草場氏はtwitter上で、三宅陽一郎氏(デジタルゲーム学会・理事)と共に「ゲームデザイン討論会」を開催しております。
第一回目の記録 http://t.co/13dMZ4mlST
第五回目の記録 http://togetter.com/li/682287

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【むりやり関連書籍】

●草場純ほか『ゲーム探検隊』
51pNXY6Vh3L._SY450_
http://www.amazon.co.jp/dp/4903746011

●柳田 國男『明治大正史 世相篇 新装版』
http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1590820

●二宮宏之『深層のヨーロッパ』 (民族の世界史シリーズ)
http://www.amazon.co.jp/dp/4634440903

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