『マーダーゲーム』デザイナーズ・ノート

 『マーダーゲーム』という本格ミステリ小説(講談社ノベルズ、2009年)をご存知でしょうか?

 これはカードゲーム『汝は人狼なりや?』をモデルにしたゲームを基体とした本格ミステリ小説です。
ゲームを作品内に取り込む際の手つきのこの上ない繊細さ、そしてゲームのルールシステムと小学校という舞台の因果律をみごとに融合させている点がとりわけ素晴らしく、Analog Game Studiesの読者の方々には、気に入っていただけることまちがいなしの作品です。
その『マーダーゲーム』をお書きになったミステリ作家の千澤のり子さまが、『マーダーゲーム』デザイナーズ・ノートとして、『マーダーゲーム』が生まれるまでの話を寄稿して下さいました。
 本格ミステリ要素、小説、そしてゲームの三者は、いったいどのような交わりを見せるのでしょうか?(岡和田晃)


 『マーダーゲーム』デザイナーズ・ノート

 千澤のり子


マーダーゲーム (講談社ノベルス) [新書] / 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)

「小説」の楽しみ方は人それぞれだが、「本格ミステリ」作品には、何かを「当てる」というゲーム的趣向が含まれている。一問即答のクイズ的な要素ではない。謎があり、謎を解く手がかりがあり、手がかりを探りながら正解に向かって推理をしていくというプロセスのことを指す。ユーザーは、奇怪な謎を解くために、伏線という名前のアイテムを集めながら、正解への道筋を組み立て、最終的に犯人役であるラスボスにたどり着く。「本格ミステリ」は、強度な武器や防具をそろえなくても、主人公が自力で結末までたどり着くことのできるRPGと捉えることもできるだろう。

 しかし、「本格ミステリ」+「小説」の場合は、「本格ミステリ」固有のゲーム性を強めていくと、何故か問題が生じてきた。いわゆる「人間が描けていない」という批判のことである。例えば、嵐の山荘で殺人事件が起きたら、パニック状態になったり警察を呼んだり、自分の身を守ろうとしたり、と必死になるのに、犯人は誰かと推理していくのはおかしいという意見がある。あるいは、普通の高校生がこんなに行く先々で殺人事件に遭遇するのはありえないという場合もある。それに対し、謎に対し推理をして解くことに主題を置いているのだから、人物は謎のために用意されたコマでもかまわないのではないか? と私は疑問に思っていた。けれど時を重ねるにつれ、「小説」には「小説」なりの見えないルールがあるのだろうと結論をつけている。「本格ミステリ」には「本格ミステリ」にしかないルールがあるのと同じように。

「小説」の意味は、辞書によると「作者の構想のもとに、作中の人物・事件などを通して、現代の、または理想の人間や社会の姿などを、興味ある虚構の物語として散文体で表現した作品(大辞泉)」と記されている。この定義に沿うと、「本格ミステリ」+「小説」とは、謎を解くことによって人間や社会の姿までもを表現した「小説」ということなのだろう。現実的に不可能な犯罪を、現実に起こりうることとして落としていく。主眼はそこにあるのだろうが、読み手も一緒にわくわくしたりはらはらしたりできるようなゲームとしての楽しみとは、遠いもののように感じられる。

 ならば、ゲーム的要素と「小説」的要素を融合させた作品は描けないだろうかと、いつしか私は試みるようになっていた。もちろん、作中内で、トランプ、チェス、マージャンなど、ゲームの登場する作品は過去にも存在している。あるいは、謎を解くことによって人物の本質を深く浮かび上がらせる作品もある。けれど、もっと、作中人物と読者の気持ちが一緒になれるようなゲームを用いることはできるだろうか、と私は探すようになっていた。「小説」でしか描けなく、かつゲームプレイヤーの楽しみを兼ね備えた作品。自分が過去に読んだ作品とは、なるべくかぶらないようにしようと記憶を呼び覚ましたが、浮かんでくるアイデアはどれも、過去の作品の模倣になってしまうような気がした。結局、実際にゲームをしている人たちの心理を描き、さらに読者も登場人物たちと同じようにゲームを味わえるような形を作ろうと構想を練っていった。この実験思考から、『マーダーゲーム』という一本の長編小説は生まれたのである。

 最初に考えたのは、プレイヤーの設定だった。大人がランダムに集められ、ゲームをする機会は、実際にはあまりなくて非現実的になってしまう。「こんなの状況ありえない」という反論が起きたら、「小説」のルールに適用できなくなってしまう気がした。賞金目当てと目的を明確にすればゲームプレイヤーは集まりそうだが、『ライアーゲーム』や『インシテミル』と同じような設定になりそうなので避けたい。もっと違和感を失くす方法はないのだろうかと試行錯誤を重ねていった。

 そして、「子供たちがゲームのプレイヤーになればいいのだ」という結論にいたった。子供なら、イレギュラーなプレイやゲームマスターへの反発をせずに、「ルールを忠実に守る」という倫理観を持たせやすい。さらに、たまたま近所に住む同じ年齢の子たちが集められた公立の小学校を舞台にしたら、バラエティ豊富に人物たちを作ることもできる。一石二鳥ならぬ一石数鳥のような気がした。「中学生か高校生を主人公にしてほしい」という要望があっても、小学校六年生以上に年齢を上げることはできなかった。

 肝心のゲームの内容は、舞台、人物と決めた後に考えた。ゲームが現実になっていく恐怖を植えつけるために、殺戮を主体とするゲームを探していたが、しっくりしたのが見つからず、完全にオリジナルのものを作った。

『マーダーゲーム』の中の「マーダーゲーム」の流れは、以下のようになっている。

1.プレイヤーたちは自分のスケープゴートとなるアイテムを学校のどこかに隠す。
2.アイテムと隠し場所をカードに記載する(他のプレイヤーには記載内容をわからないようにする)。
3.進行役はカードをまとめて封筒に入れ、ある場所に設置。
4.トランプでジョーカーを引いた人が犯人となる(誰が犯人かはわからないようにする)。
5.犯人役はプレイヤーたちにわからぬように、カードを入れた封筒を回収する。
6.一日に一回、犯人役は最初に決められた場所(『マーダーゲーム』では飼育小屋の裏)にスケープゴートを置く。
7.スケープゴートが置かれているのを発見された時点で、その持ち主の人は死亡扱いとなり、ゲームオーバー。
8.生存中の残りのプレイヤーは、死亡扱いとなった人のスケープゴートや隠し場所から犯人役を推理しあう。

 さらに9番目として、全員一致で犯人役を名指しできたら、犯人は自白しゲームセットというルールを用意していたが、『マーダーゲーム』内の発案者・杉田勇人は、「最後まで生存者たちが推理しあう楽しさ」を優先させたかったので、途中でゲームを終わらせることまで頭が回っていなかった(さらにもっと細かい規定があるが、本論では省略する)。

 この推理部分が人狼(編注『汝は人狼なりや?』)に似ていると感じたので、人狼をモチーフに持ってきた。人狼を主体にしていると見せかけて、実は、人狼の方が後付けだったのである。
タブラの狼(2009年版) / Lupus in Tabula - 4th Edition / ダヴィンチゲームズ究極の人狼 完全日本版 / アークライト

 本来ならば、もっと推理合戦の要素を取り入れたかったのだが、スケープゴートが現実化してしまい、登場人物たちは推理どころではなくなってしまう。これは、作者が「小説」としてのルールを意識しすぎた失点ともいえる。だが、ゲームの楽しさを奪われたのは登場人物たちだけであって、読者には推理をする=「何か」を当てる楽しさの「本格ミステリ」要素は残している(と、作者である私は思っている)。さらに、ゲームを現実化させるといったルールを破る者を登場させることによって、ルール違反者はいかにゲームを興ざめさせるかということも描いたつもりである。

 書き上げてみてわかったのは、「本格ミステリ」のゲーム性と「小説」のルールを融合させるのは非常に難しいということだった。「小説」のルールも、まだ感覚的にしかつかみとっていない。なので、そのルールが何なのか明確になるまで、しばらく「本格ミステリ」の「小説」に取り掛かってい
く予定である。

 次作は『シンフォニック・ロスト』というタイトルで今年の2月に刊行された。主人公たちは中学生だ。『マーダーゲーム』からひとりだけ、ゲストも登場する。『マーダーゲーム』ではゲームによって深まる団結力もテーマとしていたが、次は死体がいくつも出てきても崩れない団結心を、「本格ミステリ」のゲーム的要素と重ねて描いた。小説の味も含みつつ、作者と読者の文字による対局ゲームとして読んでいただけたら幸いである。
マーダーゲーム (講談社ノベルス) [新書] / 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)シンフォニック・ロスト (講談社ノベルス) [新書] / 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)

 マーダーゲーム (講談社ノベルス) [新書] / 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)シンフォニック・ロスト (講談社ノベルス) [新書] / 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)


千澤のり子(ちざわ・のりこ)
作家。1973年東京都生まれ。専修大学文学部人文学科卒業。2007年、宗形キメラ名義で二階堂黎人氏との共作である『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』を発表。09年『マーダーゲーム』でソロデビューを果たす。著書に『レクイエム』(二階堂黎人氏との共作)、『シンフォニック・ロスト』がある。別名義で評論活動も手がけている。11年5月にはSF乱学講座にて映像における叙述トリックをテーマにした講演も行なった。


 先月、二階堂黎人氏と千澤のり子氏の共作『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』がめでたくも文庫化されました(講談社文庫)。千澤のり子氏とのソロ作品とはまた違った味わいのある本作が、より手軽にアクセスできるようになりました。併せてお楽しみください。(岡和田晃)
ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子 (講談社文庫) [文庫] / 二階堂 黎人, 千澤 のり子 (著); 講談社 (刊)
警視庁を辞めて私立探偵になった桐山真紀子は、埼玉県初の女性知事に警護を依頼されて銃弾を受けた。そのリハビリ中に、姪の早麻理(さおり)からネットで見つけたルームメイトがいなくなったので探してほしいと頼まれる。彼女の部屋に入ると、ポスターに隠された壁一面に罵倒や呪詛の言葉が書き殴られていた――。(裏表紙より)