伝統ゲームを現代にプレイする意義(第8回)

草場純

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「闘茶」は、長い伝統のあるゲームである。ルールが確立されてからだけでもその歴史は五百年を下らない。しかも現在でも細々とではあるが、その命脈を保っている伝統的なゲームでもある。

「利き茶」なら現在でも茶の品評会などで行われることがあるが、これはゲーム性はあるもののゲームではない。なぜならそれは、プレーヤーの勝敗を決めるようなものではないからであり、きちんとしたルールが成立しているものでもないからだ。ただし、闘茶の歴史を紐解けば、その初めは飲んで産地を当てる「利き茶」(本非茶)であったことが知られる。時間の経過を経、多くの人の工夫があって、ゲームとして成立していったのである。

ではその闘茶のルールはどのようなものであるだろうか。

闘茶にも多くの種類があるが、その代表的なゲーム「十種茶」を例にとってそのルールの構造を見ていこう。

まずプレーヤーは車座に座る。そこに茶碗に入った茶が、三服回ってくる。即ち、一、二、三、であり、これを「試し茶」と呼ぶ。プレーヤーは、初めに少しずつ試し茶を飲んでその味を覚えるのである。次に十服の茶が回ってくる。それは試し茶として飲んだ三種の茶が三服ずつと、試し茶になかった「客茶」が一服であるが、この十種がランダムに回ってくるわけだ。プレーヤーは飲んで判断し、用紙に、一、二、三、またはウと記入する。「ウ」というのは、ウ冠(うかんむり)のことであり、「客」の字、即ち試し茶になかった第四のお茶を意味する。

全ての記入が終れば採点である。採点は簡単で、当たっただけが点になる。全てが当たれば十点、全て外れれば零点である。

追体験してみたい人のために、出題側から上記を書き直せば以下のようになる。

伝統的な構成とは異なるが、濃茶風の回し飲みを嫌がる人もいるだろうから、ちょっと現代風にアレンジしてみよう。

まず大量の紙コップ(人数×11個が必要)を準備する。次に、四種類のお茶(A,B,C,D)を用意する。産地の違いでもメーカーの違いでもよいのだが、淹れた時に明確に色が異なるようなのはよくない。

茶碗に、一、二、三と記した紙コップを人数分ずつ用意し、それぞれ一にはA、二にはB、三にはCというように等量を入れ、順番に出して飲んで味を覚えてもらっては回収する。次に一人宛、Aを三つ、Bを三つ、Cを三つ、Dを一つ入れて、ランダムに混ぜて(ただし順番は記録しておく)出しては回収する。この場合全員に同じ順番で出すことが重要である。プレイヤーには予め記録用紙を与え、それに渡されて飲んだ順に、試し茶と心の中で比較してもらい、例えば「二三二一二一三ウ一三」のように記入してもらって回収する。十服出して回収した後、みんなの用紙の回答を記録と比べて採点すれば、十分遊べるゲームとなる。

細かい作法は省略したが、ルールとしてはよく出来ている。これなら立派にゲームとして現代でも通用しよう。

実際これは、「伝統ゲームを現代にプレイする意義」を感じるためのサンプルゲースの一例であり、本当に追試したところ参加者からは大変好評であった。

私は、『ザップゼラップ』とか、『イグルーポップ』、『アロザ殺人事件』のように、音を聞いて(聴覚を用いて)プレイするゲームや、『プシケー』(編注:異名の可能性あり。現在調査中)のように香をかいで(嗅覚を用いて)プレイするゲーム、『イースター島』のように手で重さを量って(触覚を用いて)プレイするゲーム、などを纏めて仮に「感覚ゲーム」(フィーリングゲーム)と呼んでいるが、闘茶は味覚を用いた感覚ゲームなのである。

(参考:アロザ殺人事件)

そして闘茶は、ありがたいことに室町時代や江戸時代の対戦記録が残っている。それを見ると全問的中はかなり難しいようで、5問以下の正解が多い。これは確かに追試してみた私の実感でもある。

さて次に問題になるのは、このように完成されたルールが一体どのように成立したのか、どこからやってきたのか、である。意外なことにこれも簡単に解明できる。その元は聞香である。十種茶は、聞香(組香)の十炷香からきているのである。即ち、利き茶は聞き茶であったわけである。

聞香は、現在でも行われている伝統的な「遊び」である。現在では殆ど遊ばれることのなくなってしまった十種茶と違って十炷香や間垣香、源氏香などは現在でも遊ばれ、道具も売られている。しかしゲームというにはあまりにもその格式は高く、ゲーム用具というにはあまりにも香道具は高価である。聞香は、ゲームとして意識されないまま、別の意味で瀕死であるとすら言える。しかしその本質は歴としたゲームであり、現代に伝わる伝統ゲームの粋という言い方もできるかも知れない。貴方にお金がたくさん有ったら、ぜひ試してみて欲しい。

しかここで私の注目したいことは、聞香の現在ではない。室町時代末に、十炷香で用いられたシステムが、そのまま十種茶で応用されたという点である。逆に言えば、十種茶は十炷香に学んだわけである。時間的には飛躍するが、ここに私は現代に伝統ゲームをプレイする意義を見出すのである。

即ち、以前にも述べたように伝統ゲームは一面では過去のシステムのタイムカプセルであって、異なった環境(社会)にもたらされれば、また異なった蓮の花を咲かせてくれる可能性を秘めている、と考えることができるのである。

ここは入れ子のようになっているので、くどくなるのを厭わず繰り返せば、「室町末期に、聞香のルールが闘茶のルールに応用されたように」過去のゲーム文化を現代に応用することが可能で、我々は伝統ゲームを遊ぶことで、現代のゲーム文化にそれを生かすことができるに違いない、と言いたいのである。

昨年私は『大奥』という時代劇SF映画を見たが、そこに三炷香という遊びが出てくる。これは間垣香を源氏香方式の記号で記録するという、歴史的に実在したとは考えがたいゲームだが、きちんと「感覚ゲーム」にはなっていた。これはスクリーンの中のこととは言え、十炷香などの伝統ゲームに学んだ生きた実例と言えそうである。

さて、聞香は滅びたゲームではないが、あまりにもお高くなりすぎてしまって、その意味で瀕死と言えるかも知れないと述べた。一方、闘茶の方は瀕死ではあるものの、冒頭にも述べたように現代まで細々と命脈を保ってもいる。それには二つの流れがある。

第一は七事式の中の茶かぶきであり、もう一つは白久保のお茶講である。

七事式というのは茶道の定式化された手前の七つのシリーズで、茶かぶきはそのうちの一つである。具体的な茶かぶきの作法は、上記の十種茶を簡略化したような手順になる。茶かぶきでは、プレイヤーの回答は聞香で用いられるような回答札を、折末(おりすえ)と呼ばれるコンパクトな袋に入れて示すなどというように、用具の進化が見られる。しかし残念ながらゲームとしての迫力は、大きくそがれている。それはなぜだろうか。

私はその原因を、茶聖 千利休にみている。再び、話を「戦国末期から近世初頭」の頃に戻そう。

これは再びゲームの受容にわたることであるが、ギャンブルとして猖獗を極める闘茶に対し、いかに侘び茶を確立するかというのが利休の課題であった。現代では忘れられていることであるが、利休は侘び茶を、闘茶に対して提示したのである。

そういう意味では、利休はゲームの敵であったと私は考えている。利休は茶の湯の持つ精神性に注目し、ギャンブルのような「下賎な」娯楽性を排し、新しい文化として世に訴えようとした。

侘び茶そのものの淵源は茶祖 村田珠光に発し、武野紹鴎の醸成を通じて千利休に伝わる。一方、栄西以来の台子の茶の禅宗的精神性は、もう一人の師 北向道陳から利休にもたらされ、利休はそれを援用、両者を統合して侘び茶の完成を成した。そして利休は、侘び茶の精神性を過度に強調し、政治力を駆使して闘茶の駆逐を図ったのだと、私は考えている。そうして、この意図は利休の死を超えて成就していった。それは武力支配を補完する文化的支配の道具として、為政者側に取り入れられたからである。闘茶の伝統は排され、干からびた干物のようになって茶かぶきの中に僅かに痕跡をとどめるに過ぎなくなってしまった。

こうして近世以降、少なくとも上層階級の闘茶の伝統は衰退していき、地方に少しずつ残っていた伝承も、近代に至ってすっかり絶えてしまった。ただ一箇所を除いては。

その、現代日本にただ一箇所残る闘茶の末裔が、白久保のお茶講である。

「お茶講」は、群馬県中之条町白久保で、年に一度、二月二十四日の夜に行われる闘茶である。もちろんギャンブルではなく、神事であり村の催しである。

これはあたかも、熊本県人吉にうんすんかるた、島根県掛合に絵とり、石川県宇出津にごいた、愛媛県田ノ浜にくじゅろく、が残ったように、かつてはもっと広い地域で遊ばれていたものが、歴史の偶然と土地の人の努力でそこだけに残った貴重な伝統ゲームである。

だがここではそうした歴史的背景は措いて、ルールの構造のみを見ていこう。

簡単に言えば、白久保のお茶講は七種茶である。十種茶が3+3+3+1=10という構造を持つのに対し、お茶講は2+2+2+1=7となるわけだ。茶の種類も銘茶などではなく、煎茶、甘茶、珍皮などを別の割合で配合した、子供にも飲みやすいものとなっている。すなわち、十種茶の簡略化だが、こうした群馬の山間の村で、村人が子供も含めて(厳密に言えば12歳以上の女性は参加できなかった)こぞって参加し、ギャンブル性を脱した村の催しとして楽しむには、よい改良だと思われる。

また、各人が書き込む用紙や、配合した茶を包む包み紙を順に畳に立てた竹の棒に突き刺していく方式などは、ゲームとしてとても工夫されている。成績を、全部当たれば「花担ぎ」、全部外れると「逆さっ花」、その他「ひょうすべ」「鉄砲」など、絵で表現するのも楽しい。ギャンブル性はないと言っても、当たったら飴を配るなどの遊びの味付けがあり、「花担ぎ」も「逆さっ花」もともに縁起がいい(豊作を予告する)というのも「田遊び」に通ずる神事(予祝)と遊びの融合を感じて感心する。

すなわち、土地の条件に合った洗練を施されているのであり、繰り返し述べるが、これが時代というテストプレイを繰り返した、伝統ゲームの深い魅力なのである。

伝統ゲームを現代に遊ぶことの意義は、こうした忘れられた過去の知の集積を現代に生かすことであり、また単にそれにとどまらず、例えば侘び茶に奪われた遊びのエネルギーを庶民のもとに取り戻すというような、今日的課題であるとも思われる。

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デヴィッド・ヌーナン/ビル・スラヴィクシェクほか『ダンジョン・デルヴ』:「詰めD&D」集。DM指南に、そして新しい遊び方のために!

【新作紹介】デヴィッド・ヌーナン/ビル・スラヴィクシェクほか『ダンジョン・デルヴ』:「詰めD&D」集。DM指南に、そして新しい遊び方のために!
岡和田晃

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世界最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(以下、D&D)。その最新版であるD&D第4版は、現在でも精力的に日本語展開がなされ ていますが、展開の当初から、未訳のサプリメント(追加の設定資料集)に親しんでいるゲーマーたちの間で、ひそかに評価の高いサプリメントが存在しまし た。それが今回邦訳された『ダンジョン・デルヴ』Dungeon Delve,2009です。初出から2年あまり。待望のサプリメントがついに日本語でお目見えしたという次第です。
ダンジョン・デルヴ (ダンジョンズ&ドラゴンズ 第4版サプリメント) [大型本] / デヴィッド ヌーナン, ビル スラヴィクシェク (著); 待兼 音二郎, 鈴木 康次郎, 阿利浜 秀明, 見田 航介, 岡和田 晃 (翻訳); ホビージャパン (刊)
なぜ、人気があるのでしょうか? それはおそらく、この『ダンジョン・デルヴ』が、ダンジョンマスター用の指南の書として機能しながら、D&Dの新しい遊び方を提示してくれるサプリメントでもあるためでしょう。その点、もう少し詳しく説明していこうと思います。

●ダンジョンマスター用の指南の書として

D&Dは数ある会話型RPGの中でも、血沸き肉踊る戦闘の楽しみに重点を置いたシステムとなっています。そして、第4版になってからの D&Dは、戦闘システムに大胆な単純化と抽象化が施されたため、容易にルールを習得でき、手軽にダイナミックな戦闘が楽しめるようにもなりまし た。

D&D第4版においてキャラクターは「パワー」という特殊能力を用いますが、このパワーはダメージを与えたりキャラクター を強制的に移動させたりする要素と、朦朧状態や支配状態などの「状態異常」を与える要素に大別されます。また「遭遇」という単位でゲーム内時間を抽象化す ることにより、戦闘やイベントの管理が手軽に行なえるようにもなっています。

こうした諸々の刷新事項の中でも特筆すべきは、 D&D第4版がチームワークを重視している点でしょう。PC一人ではとても敵わない強力な敵であっても、パーティ内の連携次第で、十分に打ち勝つ ことが可能であること。この楽しさといったら! 言い換えれば、D&D第4版での戦闘の醍醐味は、チームワークによって「遭遇」という名の苦難を 乗り越える過程にほかならないのです。

この「遭遇」は、白紙のマップに敵と味方を配置し、殴り合うだけの単純なものから、複雑なストー リー的ギミックや、地形効果などと組み合わせたものなど、さまざまなものが考えられますが、プレイヤーたちに嬉しい驚きを与えるためには、やはり「遭遇」 の質にはこだわりたいもの。しかし慣れないうちには、なかなか面白い「遭遇」が思いつかないのもまた事実です。

会話型RPG、特にD&Dを深く楽しむためには、優れたダンジョンマスター(略称DM、D&Dにおけるゲームマスター)の存在が大事になってきますが、D&D第4版において優れたDMたるには面白い「遭遇」を作成し、鮮やかに運用する技術がやはり、必要不可欠です。『ダンジョン・デルヴ』は、そうした技術を身につけるための指南の書として活用することができます。

『ダンジョン・デルヴ』には、すぐに使える「遭遇」が、各レベル帯ごとに3つ、合計90(!)も収められているのですが、これらの「遭遇」には、それぞれ ストーリー的な背景設定や、運用のコツ、描写の仕方、拡張案が記されています。こうした情報を参考に運用を行なえば、自然とD&Dのダンジョンマ スターとしての技術を上達させることが可能になります。

●手軽な遊び方の提示として

また『ダンジョン・デルヴ』は、D&Dのより手軽な遊び方を提示するサプリメントともなっています。遠慮せず、『ダンジョン・デルヴ』に掲載されている「遭遇」を使って、D&Dをボードゲーム的な(プレイヤーとDMの)対戦ゲームとして遊んでしまいましょう!  1998年のGencon Game Fair(北米最大のゲーム・コンベンションの一つ)でお披露目された遊び方に由来するということからもわかるとおり、『ダンジョン・デルヴ』は、お祭り で行なわれるような――明快でダイナミックなスタイルに――めっぽう相性がよいのです。

『ダンジョン・デルヴ』には、レベルごとに3つ の遭遇が収められています。手持ちのリソースを考えながら、この3つの遭遇を生き延び、所与の目的を達成しましょう! 『ダンジョン・デルヴ』の遭遇は、 決してやさしいものではありません。特に「デルヴ3」は、多くの冒険者を闇に葬った悪名高いデルヴです。不敵に笑うDMの鼻を明かしてやるか、無残にもダ ンジョンの果てで朽ちるのか。すべては、あなたの勇気と機知にかかっているのです!
いわば本書は「詰めD&D」の問題集。もっとも、詰将棋のように一人で解法を模索するのではなく、仲間たちとワイワイ楽しむ類のものですが。

練りに練った重厚長大なストーリーも面白いものですけれども、一方で手軽な戦闘ゲームとしてD&Dに親しむことにも、独特の面白さが存在します。 いや、手軽な戦闘ゲームとして遊んでいたつもりが、その経過を振り返ってみると、ひとつの壮大な物語となっていたという、意外な驚きに出遭えるかもしれま せん。ひとつのゲーム経験が、かけがえのない「体験」へと昇華されること。それがD&Dを「遊んだ」ことだと、筆者は考えています。Analog Game Studiesはアナログゲームとその他の社会的要素を繋げることを目標としていますが、そのためにはまず、対象となるアナログゲームについてよく知らな ければなりません。D&Dについて言えば、『ダンジョン・デルヴ』は、D&Dにに親しむ格好の機会を提供してくれるものと思います。

いま、私は放課後『バーコード・バトラー』やカードダスに熱中していた小学生の時の自分に、「小難しいこと抜きで、もっともっと戦闘をしたい!」と戦闘に 飢えていた中学生の時の自分に、『ダンジョン・デルヴ』をプレゼントしたいと切に思っています。当時有していた――今も静かに持続していますが――狂おし いまでの飢餓感に、このサプリメントは十分、答えてくれたに違いないからです。いや、社会人になった今でも、心ゆくまで戦闘を楽しみたいという機会は多い ですし、「D&D Encounters」(後述)のような遊び方にも、『ダンジョン・デルヴ』は相性がよいとも思います。

また、『ダンジョン・デルヴ』で導入された「遭遇3セット」という考え方は、「デルヴ形式」と いう名のもとに、公式アドベンチャーにおいても採用されています。どうもセッションにメリハリがないとお悩みのDMは、「遭遇3セット」というデルヴ形式 の考え方を採用してみて下さい。長くもなく、かといって物足りなさもなく、この「遭遇3セット=デルヴ形式」が、D&D第4版のアドベンチャーを 設計するにあたり、理想的なモデルとして機能するとわかるはずです。イベントでも応用することはできるでしょう。

●42種類の新モンスター!

『ダンジョン・デルヴ』に登場するモンスターは、『モンスター・マニュアル』のほかにも、『Open Grave』、『次元界の書』、『ドラコノミコン:クロマティック・ドラゴン』に収録されたものが登場しています。

しかし、それだけではなく、『ダンジョン・デルヴ』では、新しいモンスターが42種類も、お目見えします。モンスター好きには、見過ごすことはできないでしょう。

●調整してみましょう!

『ダンジョン・デルヴ』の原書は2009年の2月に発売されたサプリメントであるため、『ダンジョン・マスターズ・ガイドII』等に掲載された、モンス ターの調整や罠のアップデート等は反映されていません。最新の適正難易度で挑みたいDMは、適宜調整を加える必要があります。

また、それ以外にも『ダンジョン・デルヴ』には、モンスターのカスタマイズ案やプレイヤーの人数に合わせた調整案が掲載されております。こちらも参考にしてみて下さい。

なお、『ダンジョン・デルヴ』で紹介されているダンジョン・タイルには絶版のものもあるようですが、他のタイルでも代用が利くものも多いですし、手書きのマップ等でも比較的楽に再現することが可能です。
ダンジョン・デルヴ (ダンジョンズ&ドラゴンズ 第4版サプリメント) [大型本] / デヴィッド ヌーナン, ビル スラヴィクシェク (著); 待兼 音二郎, 鈴木 康次郎, 阿利浜 秀明, 見田 航介, 岡和田 晃 (翻訳); ホビージャパン (刊)

●関連リンク集

・『ダンジョン・デルヴ』に、さらに興味が出てきた人は、ホビージャパンのD&D日本語版公式サイトにプレビューが掲載されていますので、ぜひご覧ください。http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/delve/index.html

・また、吉井徹さまによる「ゆるゆるSpeak Easy」第42回では、コミック形式で『ダンジョン・デルヴ』の踏み込んだ説明が描かれています。
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/article/speak_easy/speak_easy42.htm

・ 現在、全世界でD&D Encountersというイベントが実施されています。これは、D&Dの発売元であるWizards of the Coast社が主催する世界的なイベントで、毎週水曜日に1セッション=1遭遇という形でアドベンチャーをこなすという形でD&Dのキャンペー ン・ゲーム(続きもののドラマのように連続したストーリーの冒険)を行なうというものです。詳しくは、会話型RPGを中心としたアナログゲーム総合情報誌 「Role&Roll」Vol.78にレポートが寄せられていますが、D&D Encountersのように、「1遭遇=1セッション」という形で、『ダンジョン・デルヴ』を遊んでみるのも面白いかもしれません。また、オンライン・セッションとの相性も抜群のようです。
Role&Roll Vol.78 [大型本] / アークライト (編集); 新紀元社 (刊)

・アドベンチャーにおけるキャラクター表現に、より深みを与えたい人には、P・ローランさまの「もう一人の自分 ―ANOTHER SELF― ~AD&D(R)におけるキャラクター・ジェネレーションへの一考察~」が役に立ちます。
http://analoggamestudies.seesaa.net/article/187513308.html

ウォーゲーム講義のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011)


【新作紹介】ウォーゲーム講義のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011)

 蔵原大


 今回は、首都大学で行われているウォーゲーム講義のテキストを紹介します。

ハンニバルに学ぶ戦略思考
ハンニバルに学ぶ戦略思考

作者: 奥出阜義
出版社/メーカー: ダイヤモンド社
発売日: 2011.02
メディア: ソフトカバー

 首都大学オープンカレッジでは、元自衛官の奥出阜義講師による「MM講義」が連年行われています。MM=Map Maneuver(図上演習)ですが、簡単に言えばウォーゲーム(戦争を模擬した競技)のことです。評者も2009年に参加したこの講義、毎年20名ほどの受講生を集めてきました。2011年始めに出された上記の『ハンニバルに学ぶ戦略思考』はその講義内容をまとめたものです。

○ 「戦略の父ハンニバルに学ぶ戦略決断力 ビジネスを勝利に導く体験型MMゲーム」

 しかしなぜ「ハンニバル」なのかって? それについては本をお読みになればお分かりになるかと思いますが、少し種明かしをしますと、講義では古代地中海世界の将軍「ハンニバル・バルカ」の「ロールプレイング」をしていることに関係しています(むろん遊びではなく経営戦略等に類する話です)。

 ちなみにウォーゲームを活用した大学講義については以前にも「ウォーゲームを製作する歴史学の講義:フィリップ・セイビンの革新的試み」で取り上げましたが、日本ではまだまだ珍しい。まして一般参加可能となると中々ないですね。皆さんもこの機に聴講をお考えになられてはいかがでしょう。

 ところでこうした教育の事例については、学術雑誌『戦略研究9』に掲載された「戦略学「教育」の新潮流――「紛争シミュレーション教育」の理論・実践・政治的利用に関する考察――」という論文で国内外の様々な話が分析されています。

 ある種のゲームはこんな風に実践的価値を見出されているわけです。「ゲーム」=「遊び」という固定観念に囚われる時代はもう終わりですよ、皆さん。


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
【レビュー】ウォーゲーム授業のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011) by 蔵原大(Dai Kurahara) is licensed under a Creative Commons 表示 – 改変禁止 3.0 Unported License.

ルナー帝国とは ~ルナー帝国と『秘身譚』、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事~

ルナー帝国とは ~ルナー帝国と『秘身譚』、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事~

【テーマ連載】『秘身譚』とルナー帝国(第2回)
ルナー帝国とは
~ルナー帝国と『秘身譚』、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事~

掛川雅明

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【目次】

1、秘身譚とルナー帝国?
2、幻想世界グローランサについて
3、「グローランサというシステム」について
4、「グローランサというシステム」がルールを超えた経緯
5、そしてルナー帝国

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1、『秘身譚』とルナー帝国?

どうも、AGS さんより「ルナー帝国コラムを」ということでご依頼を頂きました まりおん です。

グローランサ系RPG(『ルーンクエスト』、『Hero Quest』、『Rune Wars』)の廃人的ファン(こういう人を海外では Gloranthaphile と言う)として一部界隈のみで知られている者です。どうぞお見知りおきを。

「『秘身譚』が、ルナー帝国のイメージソースとして使えるのではないか?」というツイッター上でのやりとりが編集者さんのお目にとまってこんな記事を書かせていただくことになりまして、ツイッターの力を実感する今日このごろです。(世の中何が起こるかよくわかりません(笑)) そのあたりの経緯は編集者さんのコラム(「『秘身譚』とルナー帝国 第1回」)をご覧くださいませ。

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

私の『秘身譚』に関する感想はこちら。

・『秘身譚』感想--あるいはルナー帝国への想い – まりおんのらんだむと~く
http://d.hatena.ne.jp/mallion/20101215/p1

2、幻想世界グローランサについて

グローランサというのは米国のゲームデザイナー、グレッグ・スタフォード氏が創造したファンタジー世界です。通常はこういうものはファンタジー小説などとして発表されるのが普通です。しかし、グレッグ氏はこの世界を使って『White Bear & Red Moon』(WB&RM)【*1】というボードゲームを作ったのが一風変わっていました。氏自身が語るところによると、小説の3要素(キャラクターと設定と筋書き)のうち、筋書きを無くした(プレイする人が筋書きをつくるようにした)「Do It Yourself Novel」を作るという意図だったそうです。【*2】

【*1】後に改稿されて「Dragon Pass」(ドラゴン・パス)として発売。日本でもルーンクエストに先立ちホビージャパン社から翻訳出版された。

【*2】『GREG STAFFORD TALK SHOW』,「TRPGがもっとやりたい!!」,アトリエサード刊(2003年)より。なお、この桂令夫氏との対談は、「ケイオシアム社が設立された理由が持ち込みが断られ続けてタロットカードで占った結果だった」とか「クトゥルフの呼び声の誕生のきっかけが、サンディ・ピーターセンのルーンクエストのモンスター集サプリメントの持ち込みだった」とか興味深い事実満載の記事ですので、興味がある方はぜひご一読を。
ASIN:4883750469
TRPGがもっとやりたい / アトリエサード

『WB&RM』が1975年に発刊されたその月、ちょうど前年出版された『D&D』の1版を手にとったグレッグ・スタフォードは、本人の弁によれば

「そして私は当時のアメリカ人の大多数と同じ感想を抱いた。
『俺ならもっとうまくやれる』」 [会場爆笑]

……という理由で(笑)スティーブ・ペリン氏とともにグローランサを背景とした『ルーンクエスト』というRPGを発刊しました(1978)。『ルーンクエスト』は、D&Dのカウンターパートとして当時の米国TRPG界に大きな影響を与えました。特に緻密な背景世界と膨大な設定で遊ぶ「第二世代RPG」は、この『ルーンクエスト』や『トラベラー』(1977)が最高峰であるとされています。

『ルーンクエスト』は当時まだ学生だった日本のゲームデザイナー諸氏(水野良氏や清松みゆき氏など)にもよく遊ばれ、日本におけるゲームデザインの最初期に大きな影響を与えています【*3】。また翻訳されたルーンクエスト(RQ)は、本格的な海外TRPGとして、D&Dとともによく遊ばれ、デジタルゲームでも一定の影響をみることができます。【*4】

【*3】水野良&清松みゆき の『ソード・ワールド』の背景世界フォーセリアや、友野詳の『GURPS ルナル』などにその影響が指摘される。ちなみに水野良氏はオーランス派、清松みゆき氏はイェルマリオ派だったそうな。水野良氏はグレッグ氏が来日したときにも一緒にご飯を食べていたりしていました。

【*4】『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏氏が、影響を受けたTRPGでよく挙げるのが『T&T』と『ルーンクエスト』です。氏は現在は新版のBRPのルールを導入して遊んでいるそうな。噂レベルではもっといろいろあります。

3、「グローランサというシステム」について

グローランサはルーンクエストの背景世界として有名ですが、ルーンクエストとはいかなる特徴をもつシステムなのでしょうか。
ルーンクエストは、いわゆる「第二世代TRPG」の代表格として挙げられる存在です。第二世代TRPGとは、

第二世代RPGの定義:「戦闘ルールよりも、むしろキャラクターの生活世界に関する事象を中心にルールで記述し、“その世界の住人”として生きることを楽しむことを主題とした、ストーリー指向・キャンペーン指向のRPGのこと」【*5】

です。第二世代TRPGの特徴は、「システムによって世界を表現しようという欲求」だと言えるでしょう。システムの中には、もちろんルールもありますし、世界を説明した背景設定も含みます。これ総体を「データ」と言ってもいいでしょう。データによって世界を表現しようという欲求の発露が第二世代TRPGであるといえます。

【*5】『多摩豊の「RPG世代論」を正しく把握する』, gginc(http://d.hatena.ne.jp/gginc/20070820/1187666679)。

その上で「ルーンクエスト・グローランサ」というシステムの特徴は、

・世界を表現するためのデータ処理が〈技能〉処理と能力値/副能力値処理に集約されている。そのため世界への干渉を簡単に記述できる。

・《魔術》により、〈技能〉処理・能力値/副能力値処理が大きく干渉を受けるため、《魔術》処理が世界観の中心に位置づけられる。

・その《魔術》を獲得するシステムが「カルト」システムとして世界観にからめて構築され、さらにカルトがキャラクター・アーキタイプとして機能する。

・「カルト」の上位存在として「神殿」または「神群」というものがあり、これが文化圏を特徴づけるとされることで、文化・習慣を意識させる。

・文化・習慣・歴史は、「背景世界情報」という「データ」で記述される。(ルールの埒外だが、システムに組み込まれている)

ということにまとめられるかと思います。

「カルト」は、「神話」「世界の中のカルト」「カルトの生態」「カルト内の位階」「精霊呪文(エブリデイマジック)」「神性呪文(必殺技)」「友好カルト」(神殿/神群の中の関係)といったフォーマットを基準に解説され、これを「カルト・ライトアップ」といいます。(必要最小限にまとめたものを「ショート・カルトライトアップ」、4~5ページにわたるものを「ロング・カルトライトアップ」と区別したりしますが、構造は同じです)

たとえば、ヴォーリアという女神さまがおります。

ヴォーリアは大神オーランスと大地母神アーナールダとの間の娘で、大暗黒が終わり「時」が始まる前に生まれました。「長い冬」が終わったときに生まれた女神なので、「春の女神」とされています(神話)。ヴォーリアはアーナールダの寺院でともに信仰されています(世界の中のカルト)。ヴォーリアの信者は成人前の少年少女たちが中心です(カルトの生態)。カルトの入信者は少年少女たちなので、信仰には加われません。女祭は他のカルトに入ったことのない大人の処女であることが条件です(カルト内の位階)。精霊魔術はなし。神性魔術は《ヴォーリア礼拝》、《開花》、《活力付与》、《小動物との会話》です。友好カルトは大地神殿の女神たちです。

《開花》 1ポイント
接触、残照、複合不可、再使用可
花を作り出すことができる。何かの表面に触れて1魔力ポイントを消費することにより、触れた場所に一輪の可愛い花か一枝の葉が開く。そこが小さな植物の生長に適した場所ならば、根付いて成長する。(タイルの床や他人の耳の裏側のように)生長に適さない場所だったときは、花や短い枝つきの葉が現れるだけで、その場所に根付くことはない。魔力ポイントが尽きるか接続時間をすぎるまで、女祭の歩くそばからつぎつぎと花を咲かせることもできる。

い、意味がないっ!

人間の頭に花を咲かせられたからといってそれが戦闘や問題解決に何の意味があるというのか!

……だが、われわれはそういった戦闘とはまったく関係がないものも含めて、世界は成り立っていることを実感できるのです。【*6】

【*6】実際には、ヴォーリアたんの女祭には、保母さんカルトとして子どもたちとお遊戯したり、攫われ役になるという大事な役目があります。

サプリメント「ジェナーテラ」には、これらの「システム」の「ルール」から演繹して世界を考察する、ファンからも絶賛されている世界解説がありますので、一部引用してみましょう。

 多くの人間にとって、グローランサは単純かつ簡素な世界である。地球の言葉を使えば、人類の大半はいまだ新石器あるいは青銅器文明の段階にある(すなわち、一部で始まったばかりの農業、原始的な道具類、単純な政府が特徴)。しかし、地域によっては魔術や過去の時代の遺産のおかげで、中世のレベルか、あるいはそれ以上の段階のレベルに達しているところもある。

(中略)

グローランサにおいては、誰もが宗教と魔術の存在を認識している。これは生存にとって基礎的な要素であると考えられている。神々は誰もが認めるように実存し、世界に対して強大な影響力をふるっている。

ここでは魔術が世界を支配しているため、日常生活が多くの意味で地球とは異なっている。カルトや宗教を中心に人々の生活がある。魔術は生活の安定や安楽を手に入れる手段であると同時に、いさかいと恐怖の源でもある。

怪我や病気は地球の場合ほど深刻ではない。というのも、肉体的な傷や病気であれば、友人や家族、あるいは土地の誰かに治してもらえるからである。このことは、高い治療費を払って、わざわざ専門家のところに出向かねばならない地球の場合とは対照的である。

魔術で傷が簡単に治るということは、裏返せば、暴力が紛争解決の手段として日常的に用いられている、ということも意味している。

病気はケガよりもはるかに危険が大きい。これは病の神マリアなどの有害な存在のためである。病気の治療はふつう地域レベルで行われ、費用も安いが、幼児や児童の多くは、治療者のところに連れて行かれる前に死んでしまう。

狩猟や農業も魔術の恩恵を受けている。土地が肥沃になるように呪文がかけられ、それによって収穫が増える。狩猟の場合も、武器が強力になるような呪文によって、狩人の放つ矢の威力が増す。このようにして、より大規模の社会を支えることができる。しかし、魔術戦争と災害の時代が続いているという事実は、天然資源の豊かな地域が少ないということをも意味している。

(中略)

グローランサにおける人間の死亡率は、一般的に地球の古代または中世のそれに近い。ただし、死亡率は子どもや老人に特に高く見られるわけではなく、あらゆる年齢層で平均している。グローランサの幼児は、地球の中世における幼児よりも成人まで生き残る確率が高い。しかし、そうして生き残った者は、成人が果たすべき危険な仕事を引き受けなけくてはならない。老いるまで生き残るのはさほど難しくはないが、それは彼が巨大な権力を得たか、あるいは若い頃に巧みに責任を回避したことを物語っている。

要するにグローランサの魔術は、片方の手で与えたものを、もう片方の手で奪い取っている、と言い表すことができるのである。【*7】

【*7】サプリメント「ジェナーテラ」付属『グローランサ・ブック』、「編集者による序論」、ビル・ダン、1988年 より抜粋。

4、「グローランサというシステム」がルールシステムを超えた経緯

さて、ルーンクエストはグローランサに様々な世界観を取り入れました。上記のような世界観――血と青銅と泥にまみれた、神々の実在するハイ・ファンタジー ――は、「ルーンクエストをシステムとして持ったことでグローランサが獲得した特質だ」といえるかもしれません。

しかしながら、ルーンクエストが「地に足をつけた」世界の範囲を切り取って描写するシステムであった一方、グローランサの世界観には「英雄による物語」という一面がありました。それはグローランサ最初のゲーム化である「WB&RM」で、ヒーローユニットが数千人からなる連隊とひとりで渡り合えるということからも分かります。しかしルーンクエストが表現する範囲の「世界」では、グローランサのその側面を表現することは困難でした。【*8】【*9】

【*8】ファンサイドのルールバリアントとして「スーパー・ルーンクエスト」(100%を超えた技能を扱う)という形での試みはあったが、必ずしもうまくいったとは言いがたい面があった(超インフレで)。スーパー・ルーンクエストのリプレイがこちらにある。
http://www.river.sannet.ne.jp/rojin/rq_replay_top.html

【*9】もちろん、超人的な能力を発揮することだけが英雄の条件ではないので、ルーンクエストの範囲でも英雄を演じることは可能ではあります。

Avalon Hill 社からルーンクエスト3版のサプリメント出版が長らく無くなり(しかしルーンクエスト出版の版権はAH社に押さえられていたため、ケイオシアム社として独自の展開もできなかった)、ファンの間では、グローランサの神話上の出来事に喩えて「大暗黒」と呼ばれる期間が始まります(およそ90年代全般に相当)。この間、ファンの間ではファンジンが頻繁に出版され、コンベンションでのグレッグ氏を交えた質疑応答などで、グローランサの設定は深みを加えていきます。グレッグ・スタフォード氏もルーンクエスト時代末期にかかれた資料集『King of Sartar』【*10】を嚆矢として、「Unfinished Work」というTRPGシステムに依拠しない部分のグローランサの設定を深めていきました。【*11】

【*10】グレッグ・スタフォード著。英雄戦争の数百年後(?)の時代、かつての歴史の知識が失われてしまった時代に、とある学者が英雄アーグラス王にまつわる文書をまとめて英雄戦争がいかなるものであったのかを考察した、という設定の架空の歴史書/研究書。この本自体の真贋を含めて様々な議論が噴出した。グローランサの神話・歴史の底本としても重要な位置づけを受ける。日本では『グローランサ年代記』と題されホビージャパン社から出版(1994)。ASIN:4894250411
幻想神話大系 グローランサ年代記

【*11】ルナー帝国についての考察を進めた3部作をはじめ、システムによらずテーマごとに神話や歴史の文書を集積した本。Unfinished と題されているだけあって、書きかけになったまま放置された部分もあったりする(笑)。上記の「King of Sartar」を含める場合もある。10冊程度出版されている。

そして2000年5月15日、グレッグ氏は新しいシステムをグローランサの器として採用しました。それが「ヒーローウォーズ」であり、その改訂版が現在も展開が続いている「HeroQuest」シリーズになります。

ヒーローウォーズ/HeroQuestにおいて、採用されたシステムの特徴をまとめると以下のようになります。

・技能の定義をせず「自然言語」としての意味づけに抽象化することで、ゲーム的に扱える範囲を拡大する。

・ゲームスケールを拡大し、判定を英雄レベルまで可能にする

・ヒーロークエストのルール化(神話の再演、共同体のサポート、ヒーローサイクル)

・英雄を支える「共同体」のルール化と、共同体との縁故、支援効果のルール化

技能を抽象化したルールを採用したために、戦闘の再現性や戦闘の面白さという点ではルーンクエストに遠く及ばず、『ルーンクエスト』ユーザーからは一部から失望の声が挙がったりしましたが、特に「共同体を代表して探索を行い、共同体に変化を持ち帰るものが英雄である」という英雄の定義をヒーロークエストと縁故という形でシステム的にまとめた【*12】ことなど、グローランサ系システムとして、この方向への進化は必然であったと言えるでしょう。

ルーンクエストが「英雄戦争のゲットー【*13】を活写する」ことに特化していたものを、『ヒーローウォーズ』/『HeroQuest』 は「英雄戦争【*14】を実装する」ことを目指しているといえると思います。

【*12】グローランサにおける英雄についての考察についてはこちら。「ヒーロークエスト考」http://www31.atwiki.jp/mallion/pages/49.html

【*13】『ゲットー(ghetto)は、ヨーロッパ諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区である。第二次世界大戦時、東欧諸国に侵攻したナチス・ドイツがユダヤ人絶滅を策して設けた強制収容所もこう呼ばれる。 アメリカ合衆国などの大都市におけるマイノリティの密集居住地をさすこともある。』(Wikipedia より)。ここでは後者の意味を転用した比喩。ルーンクエストの展開が、英雄戦争の主戦場とは関係の薄いプラックス地方などのみを舞台にしていることを差してこう言われることがあった。

【*14】グレッグ・スタフォードの発言によれば、英雄戦争は通常の「英雄による戦争」という枠を超えて、世界のリアリティを変革する神話的な大戦であるとのこと。英雄戦争の歴史を記した先般の『King of Sartar』でも、英雄戦争時代後半においては世界のリアリティが変質し、神話的な争いが展開されることが示唆されている。

そしてルーンクエストは、Avalon Hill社(Monarch Avalon 社のゲーム部門)の解散と出版権の売却に伴う版権の混乱が整理された後、Mongoose Publishing 社に出版社を変えて発売されましたが(第1版2006年、第2版2010年)、こちらはグローランサにおける「過去」、第二期を扱うことで『Hero Quest』と差別化されました。こちらも『HeroQuest』からのフィードバックを取り入れることで世界設定の強化をはかっていますが、第二期は「帝国の時代」と言われ、二大帝国(陸の「ワームの友邦帝国」と海の「中部海洋帝国」)による帝国主義的な時代であり、プレイヤーキャラクターたちもその尖兵として、またはそれに抗う民族の一員として、力を獲得し、個人的な栄達を目指していくものになっています。

5、ルナー帝国について

……ということで、かなり遠回りしてグローランサとシステムの変遷について述べてまいりましたが、 「『秘身譚』がイメージソースとなる」というルナー帝国とはどのような国家なのでしょうか?

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

簡単なまとめはこちらにあります。

●「Introduction to Lunar Empire」(PDF文書)http://www.glorantha.to/~tome/lib/LuanrEmpire.pdf

ルナー帝国は、もともとルーンクエスト第2版、また日本語翻訳された第3版が主に展開されたプラックス地方においては「侵略者」として設定されており、一般的にプレイヤーキャラクターとして選択される「冒険者」である、オーランス信仰/嵐の神殿/蛮族ベルト文化圏とは敵対関係にあります。
帝国の特徴としては、「圧倒的な軍事力」、「先進的な文明」、「退廃的な習俗」……などがあげられ、「蛮族=ケルト人やゲルマン人」、「文明国=ローマ帝国」という見立てがルーンクエスト第2版の初期より発生しました。実際、帝国の著名人の名前にはローマ風のものが多く、軍の装備などもローマ風に描かれていました。

しかしルーンクエスト大暗黒時代にあたる1990年代に書かれた『Unfinished Work』のルナー帝国三部作【*15】において、グレッグ・スタフォードのルナー帝国に関する「認識の変更」が行われました。それを簡単にまとめると、「諸文明(諸世界観)の集合体としての帝国」ということになるかと思います。

【*15】「Gloriouse ReAscent of Yelm」、「Fortunate Sucession」、「Entekosiad」の三部作。1巻目で古代の神話について掘り下げ、2巻目で歴史時代を、3巻目で辺境の異文化を考察した。これにより、帝国が全く異なる多文明からなる集合体であることが明らかになった。

すなわち、ルナー帝国は、

・古代世界の帝国である(人口800万程度)【*16】 ※ローマ帝国は5000万~6000万

・神が実在する世界における「神権政治」(女神の息子である皇帝が支配する)

・都市文明的

・多文化圏からなる

という特徴があり、ルナー帝国が「ペルシア的である」というのは、支配者階級が「サトラップ」というペルシア風の称号を持っていることだけではなく、中央集権が完全になされてはいないこと、皇帝を神と崇める国家であること、異文明を多数抱合する国家である【*17】こと、などを含めての、全体としてのイメージであると思われます。

『秘身譚』の舞台であるローマ帝国東方のシリアは、ローマ帝国とはいいながらもヘレニズム文化が色濃く残っている地方であり、また異教を中心に扱っている(ローマ帝国にありながら、シリアでも異教の“太陽の唯一神”エラガバルを崇める地方の王家が物語の中心に位置づけられる)ことからも、従来の「ローマ帝国」のイメージを越えて、ルナー帝国のイメージソースとして最適ではないかと思います。

【*16】『……事実、グローランサにはいかなる種類の効果的な官僚組織も存在しない。このため、農業をはじめ、全国規模の税の徴収、軍備の組織といった、社会にとって決定的に重要な活動を効率的に行うことができない。グローランサの最も進んだ社会においてすら、徴兵制度といった近代的手段があるという話をきいたことがない。』(サプリメント「ジェナーテラ」付属『グローランサ・ブック』、「編集者による序論」、ビル・ダン)

【*17】たとえば二元論のゾロアスター的な教義を中心にする地方、精霊信仰を中心とする地方、神秘主義的な超越を信仰する地方、石器時代の信仰を維持している地方など。それぞれの民族が征服したり征服されたりの歴史をかかえている。

また、ゲーム的なギミックとしては、『Hero Quest』で採用された「閥」(Association)という仕組みがあります。「閥」とは、ある目的達成を目的に形成された、支配者階級からカルト・私兵・ギルド・職人・商人・学者・農民などまでを含む共同体です。ルナー帝国内部ではこういった「閥」が地方の都市を中心に形成されており、帝国を9つにわける君主領の支配者たちもこういった「閥」に組み込まれています。
ゲーム的な未来にあたる英雄戦争においては、帝国の諸民族の対立に対する重しでもあった皇帝が消滅し、この「閥」による対立が噴出することになります。『King of Sartar』において、辺境の小国であるサーター王国にルナー帝国が敗退していく様子が描かれていますが、実は帝国自体が内乱に陥っていたためであったようです。

この「閥」による対立、といったものも、『秘身譚』における各諸勢力の争いという形でイメージソースとして利用できるのではないかと思います。

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掛川雅明(かけがわ・ただあき)
1972年長野生まれ。高校時代に会話型RPGと出会い、大学時代にグローランサと出会い、以後耽溺。主に海外ファンジンの翻訳出版、ホームページやブログでの情報発信を行ってきた。第二世代TRPGマニア。ペンネームは「まりおん」。
2011年より、同人ではなく公式出版としてグローランサ翻訳出版を起案し、プロジェクトを進めている。

【ブログ】まりおんのらんだむと~く
http://d.hatena.ne.jp/mallion/

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
ルナー帝国とは――ルナー帝国と秘身譚、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事 by 掛川 雅明 is licensed under a Creative Commons 表示 3.0 Unported License.
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伝統ゲームを現代にプレイする意義(第7回)

 草場純

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◆第6回はこちらで読めます◆

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 初めに前回、第6回の補足を少し。

 前回、藤八拳の動画がついていたが、あの画像は番付披露会の余興であって本当の勝負ではない。本当の勝負には鉦や三味線はつかないし、もう少しテンポも速い。それにあの画像は余興なので、故意に勝負をつけないように演じている(ある意味それも技量ではある)。それでも知らない方には藤八拳の雰囲気は千言を費やすよりよく伝わるだろう。動画はありがたい。合いの手の、ハッ、ホッ、ハッ……というのも手と同時に発声するのではなく、手の合間に出す(裏打ちと言うのかな?)のも見て取れる。

【再掲載:東八拳(藤八拳 tohachiken)--平成21年 番付披露会】

 なお、現在主流の睦会は東京が中心なのにも因んでいるのか、「藤」の字を「東」に変えて「東八拳」と名乗っていることも付記しておく。

 さて今回はもう一つの江戸の花、投扇興を見てみよう。

 幸いなことに投扇興は、かなり復興してきた伝統ゲームと言えそうである。ここでたびたび引く『日本伝統ゲーム大観』にも、9ページに渡って詳説されている。この復興の過程や現状は、繰り返し述べて恐縮だが、後半の柱「ゲームと社会との関わり」、即ち受容の問題に格好のケーススタデイを提供してくれる。ここではそこに目配りをくれながらも、内実、すなわちルールの問題をまず考察していこう。

 ありがたいことに、投扇興については、その初期からそれなりの文献が残されている。「投壷」という前史についてすら、ある程度の史料がある。

 投扇興に関する最も初期であり重要である文献は、安永二年(1773年)に出版されている。しかしそこに記されているルールは、その後多くの変遷を経ている。また逆に遡れば、洛中洛外図などに見られる「投げ扇」は、立って投げるものであり、室町末期から江戸時代前半にかけても、変遷のあることが知れる。だがそうした議論は多く後半に譲り、ここでは現代に盛行している「其扇流」に即してその構造、すなわちルールの性質を見ていこう。

 其扇流の成立は、これを主唱する東都浅草投扇興保存振興会が活動を始めた1982年頃と見てよいだろう。それから現在に至るまで、いや現在でも完成を目指して発展を続けているルール、と考えてよいと私は思う。

 ここで私的な体験を述べる愚を冒させてもらいたい。その方が「ルール」というものの姿が見えるだろうからである。

 私が投扇興を覚えたくて、浅草寺の裏にある見番(三業会館)を初めて訪れたのは、1983年の冬のことだったと記憶する。産業ではなく、三業である。知っている人は知っているだろうが、この意味がお分かりだろうか。三業とは、芸者・置屋・飲食店の「三」業のことなのである。そして見番とは、その芸者の事務方であり、稽古場なのである。そうした空間そのものが、当時の私にとってカルチャーショックであった。

 私は東京の北区の生まれであり、隅田川の最も上流、岩淵水門で荒川と隅田川が分かれる辺りに幼時を過ごした。そこはいわゆる「下町」よりももっと下方であったが、子ども心にも下町の雰囲気の片鱗は嗅いでいたということになろう。だから見番には不思議な懐かしさを感じ、気持ちが和む思いであった。見番の二階はいわば和風体育館という雰囲気で、畳敷きの大広間と、同じ高さの板敷きの舞台とが、引き幕で区切られる構造であった。天井近くに扁額が掛けられ、壁には大小の三味線が下がっていて、床には緋毛氈が敷か
れ、しきりには屏風が使われ、大学の寮だのマンションだのに住んでいた私には「別世界」であった。そこで和服姿のお姐さんが、優雅に扇を投げているのである。

 さてゲームが始まってみると更に驚いた。まず中央に「枕」と呼ばれる桐箱を置き、その上に「字」と呼ばれる碇を逆さにしたような飾り物を置く。その枕を挟んで1メートル半ほども離れあった座布団に正座して、ゲームが始まるのである。が、その辺りは私も国会図書館で投扇式(上記江戸時代の文献)を読んでいたので、さほどのことはなかったが、枕の脇に座布団を敷いて座した主審「行司」が、閉じた扇を前に置いて口上を述べるのには少なからず驚いた。

「ただ今より、○○殿と××殿の対戦を行います。一堂、礼。」

 それからサイコロを振らせて先手後手を定め、

「両者、礼。始めませい。」

 で交互に扇を五投ずつ投げあい、途中で投席を交換し、更に五投するのである。すると行司が、

「これにて一席満投。」

 記録取り役がそれを受けて、

「○○殿△点、××殿▲点。」

 と記録を読み上げ、再び行司が、

「○○殿とあい勝ち候、一堂、礼。」

 と述べて礼をして終るのである。

【参考:投扇興の試合】

 さて貴方はどう感じただろうか。

 大仰と言えば大仰、面白いと言えば面白い。しかし、これはルールなのだろうか。

 かつて私は「牌の音」に雀鬼会の麻雀を学びに何度か通ったことがある。そのとき雀鬼様のありがたいお話の後、精神統一とかいうことで黙祷のようなことをした。それはまあいいとして、兼ねて聞き及んでいたように一巡目に字牌は切ってはいけないと言う。

 そこで私は「はい、質問です。」と手を挙げ、

「一巡目に字牌を切ってはいけないというのは、ルールなんですか、マナーなんですか?」

 と質問してみた。それに対する雀鬼の答えは、

「限りなくルールと思って欲しい。」

 というものであった。それで私は「ははあ、ルールと断言しないがルールなのだな。」と理解した。

 一般に、事前にプレーヤーの了解が取れていて一貫していれば、どんなルールでも(ローカル)ルールとしての正当性を持つと、私は考える。だから雀鬼流における「一巡目に字牌を切らない」のはルールなのである。ではこれと其扇流とは同じなのだろうか。そうではない、と私は思うのである。

 告白するが、初めて見番で投扇興を体験した私は深く感動した。

 一つには伝統ゲームを体験できた喜びであった。もう一つはそれがルールとして完備しているということに対してであった。主審としての行司、副審としての字扇取り役、記録をとる記録取り役、といった役回りの完備だけでなく、記録用紙の用意や、毛氈、座布団、文机、記録印といった小道具、そうして何よりゲームを成立させている銘定、手順などのルールは、一面非常に合理的であり、うまくできていた。ここまでは、よい競技のルールの必要条件である。だが、私が感銘を受けた真の原因はそこだけではなかったのだ。

 そもそも私は、「投扇興は日本のダーツだ」と思っていた。ダーツはゲームとして完成している。ここへ来て、投扇興もゲームとして完成しているように見えた。だから「投扇興は日本のダーツ」というのは正解だったと言えそうである。だがしかし、投扇興はダーツでは、ない。

 そのことがとてもよく分かるのが「銘定」である。「銘定」というのは、扇が字に当たって落としたときのフォルム(字と扇の位置関係等)で決まる配点である。ゲームやスポーツの原理から行けば、当然難しいフォルム、高度な技が高得点になるべきである。ダーツは概ねそうなっている。ダブルブルや、20のトリプルは的が小さく、確かに難しい。だが投扇興はどうだろうか。

 投扇興でもめったにできないようなフォルムは高得点である。しかしそれは偶然の要素が強く、その割りに極端に点が大きい。私もかつて伝法院で開かれた大会で、技量に差がありすぎて全く敵わない相手に対し、最後の一投で篝火(枕に乗った扇に字の鈴が引っかかってぶら下がるという大技)を出して大逆転したことがあった。

 しかしそのときは、嬉しいというよりあっけに取られてしまった。

 篝火などという技は、とても狙って出せるようなものではないからである。

 銘定のもう一つの問題点は、曖昧さである。ダーツは的に針金がはめてあって、中間の点数には刺さらないようなメカニズムがしつらえてある。即ち曖昧さはなく、割り切れていて合理的である。一方銘定は、どちらともいえない曖昧な状況をメカニズムで防ぐようなことはしていない。むしろ紙と竹と糸と布は、あえて曖昧さを呼び寄せているようですらある。いわば割り切れず、不合理である。

 更に加えて、銘定が全ての可能性を覆っているようには見えなかった。銘定にない事態が出来したら、一体どうするのだろう。

 そのことを質問すると、回答はある意味明快であった。

「それは行司が判定します。」

 では行司の恣意性はどのようにして防ぐのだろうか? 私には疑問であった。

 更によく見てみると、投扇興の配点は非常にアンバランスに見えた。

 始めた初期の頃、主催者にその疑問をぶつけてみたこともある。

 その回答も印象的なものであった。

「投扇興はスポーツやゲームではありません。見立ての遊びです。雅の遊び、雅遊なのです。」

 当時の私はそれを理解できず、「スポーツ投扇」という実力を強く反映するルールを考案してみたりした。だが現在ではそうは考えていない。

 誤解を恐れずに断言してしまうなら、投扇興の魅力は様式美であり、情感なのである。

 近頃大変評判の悪い相撲に、また話は及ぶ。

 相撲は近代の産物としてのスポーツではないと前回述べた。これは否定的に言っているのではない。前回述べたことを繰り返せば、相撲はスポーツ以上の何かなのである。言い換えれば、スポーツは、人類に普遍的にある運動文化のある一形態に過ぎず、それは18世紀、19世紀のイギリスに端を発した、近代文化の一つにすぎない。すなわち、そもそも相撲は近代にあって、近代を超えねばならぬ矛盾を孕んでいるのだ。

 相撲には仕切りという儀式がある。土俵入りがある。弓取り式があったり、あまり知られていないが場所前には、土俵に盛り土をして神事をする。こうしたものの価値を説明するのは難しい。特に私は無神論者だから、神様を引き合いに出すわけにもいかない。だからスポーツにないサムシングがそこにあるとしか言いようがなく、これを様式美と説明すればできるが、妙に薄っぺらになってしまって非常に説明しづらい。だが、そこには確かに合理的な(例えば八百長のない(笑))ゲームの勝敗に帰着できない何ものかがあり、
それはスポーツでは捨てられてしまっている何かである。

 投扇興における「見立て」も同様に説明が難しい。

 例えば、落とした字の上に扇がかぶさり、扇の骨の間から字についた鈴が見えるような状態(フォルム)を「鈴虫」と言う。骨を草、字を虫と見立てているのである。

 扇が字を落として枕の上に乗れば「澪標(みをつくし)」である。

 澪とは中世・近世の水路標識であり、確かに棒の上に扇が乗っている形をしている。さらに「みをつくし」には、「身を尽くして」字の身代わりになるという含意もある。

 先ほどの鈴虫の逆に、扇の骨の上に字が倒れて載れば「朝顔」である。今度は字を朝顔、骨を朝顔の絡まる垣根と見立てるのである。鈴の紐が骨に絡まったりすれば絶品だ(しかし点は変わらない)。

 骨ではなく、扇の紙の上に乗れば夕顔である。ここには朝顔―夕顔という対比がある。逆に紙の下に字が隠されれば夕霧となる。霧で字が見えないのである。すなわち、見えれば顔、紙なら夕、というなぞりがあるわけだ。

 字に当たらず、扇がただ落ちれば「手習い」。なるほど練習なみか。

 字を落としただけで、扇と字が散り散りになれば「花散里」。

 源氏物語の中で、あまり美人に描かれなかった花散里の、なぞりなのだろうか。

 いちいち全てを説明しきれないし、全てが見立てられているわけでもない。そもそも見立ては感覚的であり、恣意的であるからそう思えばそう、そう思わなければそうでない。だがこうしたフォルム(銘定)のそれぞれが源氏物語の五十四帖の題名になぞらえられ、全体で一つの体系を形作ることには感銘を受ける。すなわち見立ての背後には教養が必要なのである。だから行司は実は審判ではない。かと言って恣意でもない。その真の役割は、形を見立て、それに銘を与える宗匠なのである。

 また幼時の思い出に走って恐縮だが、幼稚園に通っていたころ、帰り道に近所のお爺さんが箱庭を作っているのに遭遇し、そこに世界のミニチュアを見て、非常に感心したことがある。全く異質な石だの苔だので、巧に家屋やら草地やらを表現する「見立て」に我を忘れさせられた。これは盆栽などもそうだろう。それはまさしくミクロコスモスであり、それを成立させるのは見立てのセンスであり情感であり、広い意味での教養なのである。

 見立ては、世界の投影であり、心の投影である。投扇興の伝統は、しかし相撲のように江戸時代から続くようなものではなく(尤も相撲の「伝統」も案外近代に創られたものが少なくないが)、確かにここ30年のものであるかも知れない。だが私が見番で感動したのは、そのような様式美がゲームの面白さをむしろ支えるという事実であり、そこにこそ伝統ゲームを現代にプレイする意義があると言えるのである。

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◆第8回はこちらで読めます◆

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