【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1.5回)

【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1.5回)

伏見健二、岡和田晃

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Analog Game Studiesに、伏見健二さまによる「CBT的アプローチのセッション運営(第1回)」(初出:「ブルーフォレスト通信1」、グランペール、2010)をテーマ連載の第1回として再掲したところ、各方面より大きな反響をいただきました。すでに、(公式窓口である)Analog Game Studiesの公式メールアドレスに寄せられたご意見「私がTRPGをセラピーとして使わない理由」(早瀬以蔵)を、対論として全文掲載させていただいております。

続く本記事は、主として早瀬以蔵さまのご批判に対し、執筆者である伏見健二さま、Analog Game Studies代表の岡和田晃が応答を行なうとともに、本連載「CBT的アプローチのセッション運営」の今後について語るものです。(岡和田晃)

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●伏見健二の応答

寄稿くださった早瀬以蔵先生、WEB上にてご指摘とご教示をくださった滝野原南生先生をはじめ、本論へのご意見やご批判、危険性についての迅速なご指摘に感謝いたします。

論の進行と共に、その実運用、危険性や限定性についてと段を踏んで言及する予定でありました。

しかし本論が治療をテーマとするものであることを踏まえ、そのリスクに対してより慎重に扱うべきものであるということ、それはむしろ『最初に』提示するべきであった、また、この論が「独り歩き」する危険が多大にある、とのご批判はたいへんに的を射たものであり、首肯いたします。

よって、以下、危険性について強調しておきます。

この論を全論、非公開化するべきだとのご意見もありますが、欠点を確認し、その修正を共有する、という意義もふまえ、また、今後とも会話型RPG(TRPG)シーンにおいて精神保健の知識の啓蒙と、問題共有するという意図において、反論や危険視の声も含めての継続公開をAnalog Game Studiesにお願いいたしました。

・本論は、知識の未熟な者をもって治療行為・医療行為をするようにと誤読させる危険をおおきく孕んでいる。

・TRPGのセッションが、治療効果をうたって人を集めることにより、政治活動、宗教活動、あるいは詐欺をはじめとする犯罪等に悪用される恐れがある。

・セラピーセッションが成功するとは限らない。このセッションによって、クライアントが治療効果を得られなかったために悲観を深める危険性がある。そのときに、ゲームコミュニケーションだけではその方への継続的な支援の手が届かない。

・セラピーセッションはTRPGそのものの楽しみとはまったく異なる目的手法であり、TRPGという娯楽の形式を誤認させ、その理解と拡大を歪める危険性がある。

一方、TRPGの有効性/特殊性に対して、また「娯楽」の概念定義に関しては異論、異説もある件かと存じます。私も考えを深めてゆきたいと思います。

そして、以下の形を現在の持論として述べさせていただきたいと思います。

・TRPGをはじめ、対人コミュニケーションをその娯楽の根幹とする趣味においては、障害や疾病の理解を深め、受容を高めるべきである。

・障害や疾病を持っていても、ほとんどの場合、本人はそれをコントロールできており、また、良質な娯楽を必要としている。彼ら/彼女らは愉快で魅力的な仲間であり、なんらかのコミュニケーション障害を理由として過度に危険視する必要はない。

・基本的な知識を持つ者が配慮をもってTRPGを一緒に楽しむことで、大きな相互支援効果を上げることができる。

最後に、この論考について、より多くの方に周知され、説を深めるべきとの意図を持って掲載を決断され、また、識者各位からの意見を集めてくださったAnalog Game Studies代表岡和田晃氏に深く感謝いたします。早瀬以蔵さまのご批判をふまえたうえで、今後Analog Game Studies上で公開していく内容につきましては、ソーシャルワークとTRPGとの関係を主軸とした研究と実践の模索という形に方針を変更させていただき、公開すべき進展がありましたら、その成果をご報告させていただきたいと考えております。

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伏見健二(ふしみ・けんじ)
1968年東京生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。作家、ゲームデザイナー、介護福祉士。
日本の主要なアナログゲームクリエイターのひとり。21歳の時に代表作であるテーブルトークRPG『ブルーフォレスト物語』(ツクダホビー)を発表。小説家としても多数の作品を発表する。冒険企画局に所属の後、テーブルトークRPGの専門集団(有)F.E.A.R.の設立、小規模出版によって多様なゲームシーンを発掘紹介する(株)グランペールの設立と相次いでゲーム企業の設立に携わる。またインターネット黎明期に千人の会員を持ったWEB上ゲームサークルG99の主催者でもあった(現在は解散)。
介護を本業とする現在も、福祉資格取得の講師やスキルアップセミナーの講師を行いながら、ゲームデザインや出版やイベントに携わり、ことに小規模出版の支援や障害者支援に力を入れて幅広い活動を行っている。

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●岡和田晃の応答

本テーマ連載は、Analog Game Studies代表岡和田晃によって企画・推進されました。

岡和田晃が「CBT的アプローチによるセッション運営(第1回)」(以下、「本稿」)をAnalog Game Studiesでの公開に値すると判断したのは、次の3点を理由とします。

・会話型RPG(TRPG)の運用メソッドを、新たな社会的文脈へと繋げていること。

・会話型RPGの運用メソッドという形式を通じ、精神保健の啓蒙を推進していること。

・会話型RPGの現場では往々にして見過ごされがちな事態について、改善の契機となりうること。

本稿の再掲にあたっては、Analog Game Studies内の当記事への査読担当者による査読を行ないました。結果、原則として文面を変化させる必要はないという結論に至りました。その理由は、大きく分けて以下の4点になります。

・「ブルーフォレスト通信」の他の記事とは内容的に独立した記事であり、例えば『ブルーフォレスト物語』を知らなくても理解することができる。

・初出のままで掲載したほうが、本稿の先進性が読者の方に伝わりやすい。

・本稿の鋭角的に打ち出された問題意識、ならびに会話型RPGという表現を通じて「前に進む」意志は、それ自体として固有の価値がある。

・本稿はすでに、(精神科医を含む)精神保健や臨床の専門家、あるいは相互支援の現場にいる方々から高い評価をうけていた。

これらの理由から、伏見健二さまと相談のうえ、原則として初出のままで公開することとした次第です。

岡和田晃、ならびにAnalog Game Studiesにおける「CBT的アプローチのセッション運営」査読担当者(以下、「私たち」)は、公開後も本稿で問われた問題についての議論を重ねてきましたが、私たちは、これまで会話型RPGにおいて、プレイヤーマナーの問題としてのみ考えられ、プレイヤーへの批判や排斥につながってきた問題が、「CBT的アプローチのセッション運営(第1回)」によって、神経由来の障害や疾病の問題、ひいては個性の違い(*)とも受け止められる事例だということが明らかにされたところに、本稿の最も大きな可能性を見ています。

(*)現在、障害の分野ではICFの考え方(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html)というものが主流となっています。すなわち、障害(や疾病)があっても、それは機能において評価されるべきである、また機能への支援がなされるべきであって、障害(や疾病)があることと「人格」に欠点・問題・欠損があることを混同しないという視点です。

それゆえ私たちは、伏見健二さまの指摘はゲームの場に起こることを説明するうえで、大きな一歩たりうると考えております。そして受容や解決の道のりの模索がなされていることは、古くから存在している問題を解決するための、新たな視点であるのは間違いありません。

近年、福祉の現場において、(「医者‐患者」という関係に留まらない)クライアント同士の相互援助の重要性が説かれ、また実践が模索されています。とすれば、相互支援の考え方を前提としたうえで、会話型RPGが選択される可能性もあるのではないでしょうか。会話型RPGが独特で他に代えがたいものであるなら、それは固有のベネフィットたりうる可能性もあるのではないでしょうか。

しかし私たちはまた、寄稿された対論にある早瀬以蔵さまのご指摘をも真摯に受け止めます。

そして私たちは、伏見健二さまが「CBT的アプローチのセッション運営(第1.5回)」で改めて強調した、危険性についての問題意識を共有します。そのうえで、会話型RPGをはじめとしたアナログゲームと精神保健の問題について、継続して思考の材料を提示していくこともまた、アナログゲームの可能性を広げることにもなると考えます。

それでは本応答をもちまして、「CBT的アプローチのセッション運営(第1回)」についての対論・対論への応答の流れはいったん締めさせていただきます。ただし、ご意見は継続して承りますので、ご意見をお持ちの方は、「活動趣旨」にも掲載されている公式窓口analoggamestudies1★gmail.com(★→@)にまで、メールにてお寄せいただけましたら幸いです。

寄稿依頼に応じてくださり、また数々のご配慮をいただきました伏見健二さま、対論をお寄せいただいた早瀬以蔵さま、ならびに読者の皆さまに深く感謝いたします。

一方、「CBT的アプローチのセッション運営」(第1回)、および「私がTRPGをセラピーに使わない理由」の議論を通じ、精神保健の基礎的な知識の習得に関心が生まれた方は、その一助として、以下のウェブサイト等の情報を参照されてはいかがでしょうか。

・「発達障害者理解のために」(PDFファイル)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/hattatsu/dl/01.pdf

・「みんなのメンタルヘルス総合サイト」
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/index.html

一般書店で容易にアクセス可能な入門書を一冊挙げるとしましたら、星野仁彦『発達障害に気づかない大人たち』(祥伝社新書 190)が参考になります。
発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190) [新書] / 星野仁彦 (著); 祥伝社 (刊)

その他、関連分野の専門書にも触れていただければ幸いです。

なお、「ブルーフォレスト通信2」(グランペール、2010)には、本稿の続編「CBT的アプローチのセッション運営(第2回)」が掲載されています。

これは「ブルーフォレスト通信2」に掲載されたもので、「軽度の不安神経症を抱え、コミュニケーション障害の悩みを抱えるクライアントをモチーフに、ソーシャル・スキル・トレーニングの視点で、その行動の積極性を高めるため」の実例を、会話型RPGのセッションを通じて考えるものとなっております。

イメージしてください。あなたに、軽度の不安神経症を抱え、コミュニケーション障害の悩みを有している友人がいたとします。その友人が会話型RPGをプレイしたいと言ってきた場合、あなたはどのようにふるまうべきでしょうか?

こうした問題を、「CBT的アプローチのセッション運営(第2回)は、コミュニケーションの位相から考えるものとなっております。つまり、介護の現場での経験を通して試行錯誤を続けてきた、一人のクリエイターによるシミュレーションが提示されているのです。

「CBT的アプローチのセッション運営(第2回)」は、第1回の内容を前提として書かれた記事ですから、早瀬以蔵さまのご指摘、ならびに本稿で強調された「危険性」の確認は、第2回を読むうえで大いに役立つでしょう。

「ブルーフォレスト通信2」も、併せてご覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)
ブルーフォレスト通信2 / グランペール

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
CBT的アプローチのセッション運営(第1.5回) by 伏見健二(Kenji Fushimi)、岡和田晃(Akira Okawada) is licensed under a Creative Commons 表示 – 継承 3.0 Unported License.

私がTRPGをセラピーとして使わない理由

先日、伏見健二さまの「CBT的アプローチによるセッション運営(第1回)」(初出:「ブルーフォレスト通信1」、グランペール、2010)を、岡和田晃の序文を添えたうえで、Analog Game Studiesに再掲載させていただきましたが、読者の方より、同記事と序文への対論をAnalog Game Studiesの公式メールアドレス宛てにお寄せいただきました。

寄稿者の早瀬以蔵さまとご相談のうえ、Analog Game Studiesに対論エントリとして全文掲載させていただきます。(岡和田晃)

なお、本対論への応答も併せてご覧ください。

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【対論】私がTRPGをセラピーとして使わない理由
(【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1回)への対論)

早瀬以蔵

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このような真面目な論考がたくさんある中で私の論ともいえないような文章を投稿するのは大変に恐縮なことですが、伏見健二氏論考の転載、「CBT的アプローチのセッション運営(第1回)」を読ませていただいて、精神医療・福祉のプロとしての意見、特に反論を述べたくなりましたので投稿させていただきます。

【目次】
1) 私は何者で、なぜこれを書くのか
2) 批判1:目的と論旨が逆方向である
3) 批判2:認知行動療法は治療法である
4) 批判3:認知行動療法における認知の考え方が間違っている
5) 批判4:児童の教育・思春期のトレーニング・うつに悩まされている方の自己実現・SST目的にTRPGが使われることは、特に有利でない
6) 私は娯楽としてのTRPGをある程度以上に回復した患者に推奨する
7) 私は行動心理学や認知心理学をTRPGに応用することを推奨する
8) TRPGはセラピーとして大きな欠陥がある
9) なぜ我々は趣味を本業や他分野に応用しようと思いがちなのか
10) 対人援助として趣味を扱い、工夫するそのこと自体が、対人援助性を損なう
11) 結論とまとめ

1)私は何者で、なぜこれを書くのか

私は福祉的病院施設に勤める30代の男性医師です。専門は小児科。特に精神疾患・心身症・発達障害と重症心身障害を専門とし、成人の精神科での勤務経験もあります。CBTを含む行動主義的アプローチと薬物療法を臨床の軸にしています。一方で、人生の一時期にうつを経験し、精神科医療を受けたこともあります。そして、当然、そのような経験をするはるか以前からの会話型RPG(テーブルトークRPG、TRPG)ファンです。私がはじめてGMをプレイしたのは伏見健二氏の『ブルーフォレスト物語』でした。システムに組み入れられた世界観(あるいはその逆)にいたく感動したのを覚えています。以来30代になるまで、私の人生からTRPGが分離されたことは一度としてありませんでした。

私はTRPGを大切にしています。TRPGに、ある程度回復した患者さんが参加することを禁忌的に扱いたくはありませんし、そうすることで結局自分自身の損となる事をわかっていただきたいと思っています。

従前「困ったチャン」と呼ばれていた人たちを含めて参加する人を大切にするセッション運営をしたいと思っていますし、他の人にも推奨します。その中でコミュニケーションにかかわる心理学的知識とカウンセリング技法が参考になると考えてもいます。岡和田氏はこう書いています。

 会話型RPGが遊ばれる現場において、精神疾患を有していたり障害を有していたりする方の状況が正しく理解されず、いわゆる「困ったちゃんプレイヤー」として排斥されてしまう事例がままあります。これらの問題や対応について、容易な解決を見ることは難しいでしょうが、認知行動療法の予備知識があれば、そのプレイヤーを理解し、受容し、ゲームの仲間として楽しいひとときを共有するための何らかの糸口、思考のヒントを得られるかもしれません。少なくとも、従前よりも状況をより的確に理解することができるようになるのではないでしょうか。(中略)

そして可能であれば、うつ病、精神疾患、障害、認知行動療法等の専門書へアクセスし、知見を広げる契機としていただけましたら幸いです。

この目的には異議を唱える物ではありません。参考として挙げられている伏見氏の「バイステックのRPG」も良い文章であると思います。しかし、本論は上記目的の入り口としては不適であると考えます。内容的にもプロから見て大きな疑問があることと、誤解を招くように思うからです。

○2) 批判1:目的と論旨が逆方向である

さて、批判の一つ目は岡和田氏の掲載目的と再掲された文書の方向が逆方向である点です。岡和田氏の目的の一つは、要約すれば「CBT的考え方をTRPGセッション運営に生かす」という事でした。ところが、この文章は「TRPGをCBTとして運営しよう」ということです。論旨がまるで逆で、混乱をきたしています。要するに、引用する文章を間違えているのです。

○3) 批判2:認知行動療法は治療法である。

岡和田氏も伏見氏も、これは治療に関する文章ではないと言いますが、認知行動療法は名前の通り明確に治療です。CBTは認知心理学と行動主義心理学の治療的応用です。伏見氏は大きな誤解をしているようですが、CBTは誰でもできるようなパッケージでは決してありません。CBTを行うには背景理論に関する深い理解と、それを目の前のクライアントに即座に転用する熟練が必要となるのです。(実は、それを勘違いしている心理のプロも多く、生兵法のCBTを行っては、効果が上がらず首をひねる、ということを繰り返しています)要するに用語の選択を間違っているのです。「行動科学」をTRPGに応用する、というのであれば、無用の誤解はなくなるのではないでしょうか。

○4) 批判3:認知行動療法における認知の考え方が間違っている

CBTでは「認知モデル」に沿ってクライアントの体験や問題を整理し、それを変容したり、あるいはそれとうまく付き合う方法を考えたりする心理療法です。「認知モデル」とは、我々がこの世界、そして出来事を「どのようにとらえているか」をわかりやすく示すモデルです。

例えば、会社員Aが仕事上のミスをしたとします。ミスをしたという状況自体は過去の事なので変えることはできません。会社員Aはミスをした後から、 1:自分が無能であるという考え(認知)が頭を離れず、2:毎日の出社にだるさを感じる(身体反応)ようになります。出社しても、3:ぼんやりと過ごす(行動)ことが多く、4:ミスをした時のことを思い出すとその時の焦燥感(感情)が再現され、結果として5:仕事でミスをしてしまいます(行動)。そのため、6:自分が無能であるという思い(認知)が強くなります。

一方同僚Bも同じミスをしたとします。Bは1:ミスには原因があるはずだと考え(認知)、2:ミスの原因を探ります。(行動)3:結果、自分の能力に一つの欠陥がある事に気が付き、(認知)不快になる(感情)と同時に、4:ミスを挽回して上司を見返してやりたい(認知)と考えるようになります。5:結果として彼はミスの後から見違えるように仕事に熱心に取り組むようになりました(行動)。

重要なのはA、Bどちらがいいか、ということではなく、同じミスでも捉え方が違うだけで随分と反応が違う、ということです。人の考え方(認知)にはクセがあります。これは、生まれてから現在までに培ってきた知恵と考えることもできます。我々は外の状況をいちいち真っ新からとらえる時間はありません。しかし、時にその考え方の癖が私たちに牙をむくことがあります。この考え方の癖に気付くことそれ自体が治療的効果を持つと考えられますし、問題自体も整理されるので暮らしやすくもなってきます。さらにCBTではこのような自分の考え方の癖に対してそれを意識的に修正したり、あるいはそのような考えが頭をよぎることがあっても、それに対する身体的反応や気分の変化を日常生活に支障のないレベルに落ち着ける訓練をしたりします。

以上の意味で、伏見氏の認知行動療法の解説には誤謬があります。例えば氏の言う「思い込み」とは認知そのものであり、この修正が狭義のCBTの目標ですから、「思い込み」が原因と考えられる場合にこそ最も認知療法は適しています。そもそも「思い込み」でないことなど、究極的にはこの世にはありません。我々は認知を通さずに物事を認識することはできないのです。

細かいようですが、これは大事です。CBTにおける「スピリット」と言っても過言ではありません。伏見氏がCBTを微妙に勘違いしている事が論が的外れである証拠にはなりませんが、誤解を広める元にはなると考えます。

○5) 批判4:児童の教育・思春期のトレーニング・うつに悩まされている方の自己実現・SST目的にTRPGが使われることは、特に有利でない。

児童を実際に診ているとわかりますが、昨今のゆとり教育の中でさえ、児童の生活は失敗と成功の連続であり、その経験量はTRPGで得られるそれをはるかに上回ります。それを、学校や地域社会という揺籃の中で経験することによって(失敗が、取り返しのつかないことを起こさない場で)児童は育っていきます。このことを心配するなら、やるべきは児童の成功/失敗に対する親・先生の態度や児童にかかわるあなた自身の態度の修正です。わざわざTRPG を用いる必要はありませんし、後述する般化の問題によってむしろ不利であると考えられます。

ほぼ同様の理由で、伏見氏の挙げるTRPGはほかの日常生活や趣味と比較して特に有利な側面は皆無です。

○6) 私は娯楽としてのTRPGをある程度以上に回復した患者に推奨する

私は、セラピーとしてTRPGを採用しません。実は精神科医療の世界にはTRPGファンは少なくありません。ロールプレイングという言葉自体が精神科医療に大変近しい言葉ですし、即興演劇の力をセラピーに結び付けようとするサイコドラマという方法論もあります。私を含めて多くの人がTRPGはセラピーとなりうるのではないかと考えたかと思います。もちろん私自身も真面目にTRPGがセラピーとして成立するかどうかを考えたことがあります。答えは、否、でした。

しかし、娯楽としてのTRPGの活用は推奨できるかと考えます。実は、娯楽は精神科的リカバリの大きな柱です。大変意外なことかと思いますが、疾患にかかわらず多くの精神科患者が「余暇を楽しむ能力」そのものに障害を抱えています。余暇を楽しむことは、ストレスに有効に対処し、健常な精神生活を送るうえで欠くべからざるものです。

また、TRPGはコミュニケーションを基盤としたゲームです。相手を必要とする趣味は、それ相応のコミュニケーションの練習となると考えてよいでしょう。精神科的リハビリテーションの場では、工作などの自分一人でできる趣味と、球技など相手を必要とする趣味の両方が推奨されます。

そのような意味で、多くの趣味に比べてTRPGが劣る点・禁忌的な点は特に見当たりません。ですから、余暇支援としてのTRPGの活用は止める理由がありませんし、一TRPGファンとしては応援したいところです。

○7)私は行動心理学や認知心理学をTRPGに応用することを推奨する

心理学は、(人間の)心的過程と行動に関する学問であり、そこには実生活に応用可能な多くの示唆が含まれています。一方でTRPGにおける諸問題は、心的過程と行動への自他からの干渉の問題と考えることができますから、心理学の直接的応用分野と言っても過言ではありません。

例えば行動主義心理学は、環境刺激や言語刺激と人間の行動の間にある程度の法則があることを示唆します。そして、いかなる干渉がいかなる反応を生み出すかということについての例をたくさん記述しており、それは直接的にTRPGを楽しくすることに援用可能でしょう。

TRPGに心理学の知見を応用することで、単に繰り返し遊ぶよりも上達が望めると考えられます。

○8 )TRPGはセラピーとして大きな欠陥がある

そうしてみると、TRPGにはセラピーとしての可能性があるように思えてきます。では、TRPGがセラピーに使えるように改造していくことにしましょう。

TRPGにおいて、葛藤と問題解決は大きなテーマです。この事を持って問題解決に役立つ思考を鍛えるのは理に適っているようにも思います。また、成功体験自体も精神的に良い影響を与えるものと考えられます。しかし、TRPGにはセラピーとして大きなネックがあります。それは、キャラクターを作り、GMが提示した仮想の問題で遊ぶという点にあります。

皆さんは競技に参加したことはありますか? そこで、「練習では十分にできたことが本番ではできない」ということを経験したことはありませんか? なぜそんなことが起こるのででしょうか。本番では一発勝負だから? 相手が違うから? 会場が違うから? 体調のせい? いろいろ理由はあると思いますが、結局のところ練習と本番では「文脈が違う」のです。よく専門家外の人たちの言う「般化」の問題として考えると分かりやすいと思います。

「般化」とは、「ある状況でできたことが、別の状況でもできるようになること」を表します。初期の行動療法や認知療法で問題になったのが(そして今でも問題であり続けているのが)、この「般化の壁」でした。セラピーで身に着けたスキルや考え方が日常生活で作用しないのです。

例えば、高所恐怖症の人がセラピストと共に何度か高いところからの映像を見て恐怖を克服したとします。ところが、いざセラピストと共に高いところに上るとまた恐怖がよみがえってきます。それが平気になったっとしても、今度はセラピストがいないだけで恐怖がよみがえってきます。それが平気になってもこんどは上るビルが違うと恐怖がよみがえってきます。

ちなみにこのことは成功体験にも言えます。セラピーでの成功体験と自己肯定感が日常生活で持続しないのもよく見られる現象です。

習得したスキルを「どこでも使えるようになる」というのは、意外なほど高い壁です。セラピーの中だけでの問題解決は真の問題解決たりえません。日常の生活の中で問題解決思考ができてこそのセラピーです。

一方でいきなり現実の状況に出るのはリスクの大きいことです。守られ、安心できる状況でこそ、傷ついた人々は一歩踏み出す気になれると言えますし、もしそこで手痛い失敗をするならば、状況は悪化するかもしれません。

セラピーはこのバランスを取らなければなりません。この壁を乗り越えるために、CBTは、いえ、全てのカウンセリング技法は工夫を重ねてきました。1:宿題の設定(セラピーの結果を日常で試してみる)、2:できるだけ生活に近い場でのセラピー、3:セラピストを何度か変更する、4:「今」「ここ」の問題を取り扱う(日常生活ですぐに問題場面が表れて練習しやすいからです)、5:漸次接近(限定状況から始めて徐々に状況を開放していく)、6:文脈に左右されないほど強固にスキルを定着させる等等です。現行のTRPGでは、環境設定が現実と違いすぎます。漸次接近の最初の入り口としてもやはり遠いと言わざるを得ません。「私ではない人」が、「今でない時」「ここに含まれる誰も実際にはチャレンジされたことのない問題に挑む」という状況設定は般化を難しくします。

ですから、一工夫してみましょう。まず、キャラクターは「私」としましょう。誰かほかの人に「私」になってもらうのもいいかもしれません。「問題」はメンバーの中から募りましょう。身近な問題こそ般化がなされやすいからです。さらに「これからも形を変えて起こりうること」を題材に選びましょう。行動判定はやめましょう。「実際にできること」のみがあなたの能力です。

さて質問です。これはTRPGですか?

質問の答えがYesでもNoでもいいのですが、実際のところこうしたセラピーはもう既に存在しています。先にあげたサイコドラマや、行動療法の一種であるところのソーシャル・スキル・トレーニング(SST)がそうです。そこにはTRPGで追及されていない、治療へ向かう意図と技法が含まれています。セラピーという意味では、既存のTRPGはサイコドラマやSST、そしてCBTのデッドコピーと申し上げても過言ではありません。従って、セラピーの貴重な時間を効率の悪い欠陥品に費やす必要性は全くありません。

○9) なぜ我々は趣味を本業や他分野に応用しようと思いがちなのか

一方で私自身はTRPGから多くの学びを得ました。その中には人生に関することや診療に関することがたくさんあります。私にはなぜ般化が起こったのでしょう。

一つには、TRPGでの問題解決を、何も物が考えることができなくなるほどたくさん繰り返してきた、ということが挙げられます。文脈が影響を及ぼさないほどに私の中でスキルが定着した、ということです。少なくとも数人には「同じ経験をした」と言っていただけると思うのですが、それこそ「猿のように」ただただTRPGとボードゲームを遊び続けた日々が私にはあります。週末の60時間をすべてゲームにささげることも稀ではありませんでした。

もう一つは暗喩の効果であると考えます。意味を明示しない例え話は、個人個人で異なる解釈を生み出し、それぞれの立場に応じた教訓となりえます。

身近なところでは童話がそのような効果を持ちます。少しの間、自分の今の悩みについて考えてみてください。そのことを考えながら、次の文章を読みます。

http://hukumusume.com/douwa/pc/world/10/03.htm

有名なグリム童話「ブレーメンの音楽隊」です。もしかすると、今の悩みに対して漠然とした教訓を感じませんでしたか? しかし、その内容は人によって違うと思います。例えば、「海外留学をしようかどうか迷っている」人がいるとしましょう。その人はこのお話のどの部分に反応するでしょうか? 「旅立った」ところでしょうか?「みんなで旅立った」ところでしょうか? 「年を取ってから旅立った」ところでしょうか?「泥棒が影と音を恐れた」ところでしょうか?「影によって追い払った」ところでしょうか? 「結局ブレーメンにはいかなかった」ところでしょうか?

どこを選ぶかによって教訓の意味は変わります。そしてその教訓を与えたのは実は童話そのものというよりも読んだその人自身なのです。

そのような意味で暗喩には教育効果が確かにありますが、そもそも、暗喩から得られる学びは、実は「自分で作った」ものです。つまり受け取り方、「認知」によって左右されます。ですから、自己に不利な認知を持つ人は、自分を追い詰める教訓を選ぶかもしれません。また、私たちは日常生活のあらゆる場面から暗喩を取り出すことができます。TRPGから得られる暗喩が野球から得られるそれを上回るという保証はありません。

さらに、帰属の錯誤である可能性があります。我々は、起こったことを今までの行動の結果と思いたがる傾向にあるようです。TRPGをたくさんした後で、コミュニケーション態度が良くなると、「TRPGのおかげだ」と思いたがるわけです。本当はほかの事が効いているのかもしれません。

いずれにせよ気を付けたいことは、人生の多くの時間を何か一つの趣味に割き、そしてそこから人生に大きな成果を得たと考えている人(つまり、我々)は、他の人にもそれが起こると信じがちであるということです。

TRPGは大変楽しい趣味であり、そこで生まれるコミュニケーション体験は独特で、他に代えがたいものがあります。しかし大局的に考えると、精神生活に対するベネフィットを得るためには、その趣味がTRPGである必要はありません。むしろあらゆる趣味が含まれると言えます。もし、TRPGを無理やりCBTとして考えるならば、CBTにはほとんどあらゆる対人娯楽が含まれることになります。テニスセラピー、卓球セラピー、野球セラピー、サッカーセラピー、カーリングセラピー、共同農作業セラピー、チェスセラピー、マルチゲームセラピー、株取引セラピー。これらも他に代えがたい独特のコミュニケーション体験を提供します。これらもセラピーとして考える、という前提であれば、TRPGをセラピーと考えてもいいかもしれませんが。TRPGは数多くの娯楽の一つに過ぎず、だからこそ一生を共にするにふさわしいのです。

○10)対人援助として趣味を扱い、工夫するそのこと自体が、対人援助性を損なう

我々対人援助者が娯楽を対人援助として使用するときに特に気を付けなければならないことがあります。それは、「必要以上の気を使って趣味の形をゆがめない」事です。

障害者スポーツを見たことがおありでしょうか。そこでは様々な工夫がなされていますが、例えば水泳で「泳ぐこと」に必要以上の手助けをしたりしません。腕がないからと言って足ひれの使用を認めようとかいう議論が起こることはありません。そうすることによって水泳は競技者にとってつまらないものになってしまうからです。ああなるかも、こうなるかもと事前に手をまわし過ぎると、これもまた、趣味の魅力を奪います。

さらに「狙い」を絞りすぎるのも失敗のもとです。前述のように、趣味に意味づけするのは趣味を行う人自身です。ベネフィットは主体的に選び取るものであり、それこそがエンパワーメント(主体的な力の回復を促す)ことになるのです。伏見氏の工夫の殆どは余計なことです。

その人の動機づけを高め、楽しい趣味の場を提供すれば、その人は自然に自らを助けていきます。腐心するべきは、そのゲーム体験を援助者自身が楽しめて、おそらく参加者が楽むであろうものにすることです。TRPGから学んでほしいことを必要以上に意識する必要はありません。

○11) 結論とまとめ

1:TRPGはほかの日常生活や娯楽と同等にセラピー効果と教育効果が期待できる。

2:TRPGに心理学的知見(≠CBT)を応用することでより良いプレイが実現する可能性がある。

3:TRPGをCBT、SST、教育として考えるとき、般化(文脈)の面で大きな欠陥を抱える

4:その欠点を補うと、既存の他のセラピーとなり、特にTRPGを用いる必要がなくなる

5:精神生活や教育に対する趣味や娯楽が持つベネフィットは一般に考えられているよりもはるかに大きく、であるがゆえに、もしもTRPGを対人援助として役に立てたいならば、下手な工夫をするよりもTRPGがもっと面白くなるように工夫するべきである。

「たかが娯楽」とか「趣味の範囲」という表現をよく聞きます。私たちは娯楽を娯楽以上のモノにしたくてたまらなくなります。しかし、娯楽の力を過小評価してはいないでしょうか。娯楽は、娯楽としての側面を追求するだけでも十二分に絶大な影響力とベネフィットを持つのです。娯楽を超えようという試みも徒労ではありませんが、TRPGはTRPGとして誇ってよいと私は考えます。

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早瀬以蔵(はやせ・いぞう)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
私がTRPGをセラピーに使わない理由 by 早瀬以蔵(Izo Hayase) is licensed under a Creative Commons 表示 – 継承 3.0 Unported License.

【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1回)

Analog Game Studiesはアナログゲーム全般をエンターテインメントとして優れたものとして捉えていますが、同時にその社会的価値を高め、広く証し立てることを大きな目標として掲げています。
そこで今回は、商業媒体において発表された、心理学における認知行動療法を援用しつつ会話型RPG(テーブルトークRPG、TRPG)を運営するためのコラムを、執筆者の許可をいただき、Analog Game Studies上で再掲させていただきます。

今回の記事を書かれたのは、伏見健二さま。
東洋風の世界観、「悟り」といった独創的な目標設定でRPGの新時代を切り開いた『ブルーフォレスト物語』、スチームパンクをベースに広義の社会参加・人間讃歌をシステム内に組み込んだ『ギア・アンティーク』、南米風の世界観のもと、ダイナミックな空戦システムと人と人ならざるものの往還を表現した『ドラゴンシェルRPG』など、作家性豊かなゲーム・デザインで知られる、日本を代表するゲーム・デザイナーの一人です。
あるいは『サイレンの哀歌が聞こえる』などの平明ながらも情感豊かな小説の書き手として認識されることも多いでしょう。
近年は、介護の現場で培った問題意識や方法論のゲーム・デザイン/運用への応用を模索されています。

Analog Game Studiesは伏見健二さまの問題意識に共鳴し、アナログゲームを、そしてアナログゲームを語る言葉をさらに豊かなものとするため、微力を尽くさせていただきたいと考えています。

なお、本文の冒頭にもありますが、本コラムで紹介するものは治療行為ではありません。会話型RPGを通じた介護、支援、コミュニケーションのレベルのアプローチです。治療に関しては専門医や臨床心理士の判断を仰いでください。介護や支援、コミュニケーションについての基本的な知識やスキルの習得は専門書や専門機関をあたっていただければと思います。本稿の方法論を実際に適用する際にも、本文中のチェックリストを活用し、専門家と相談の上でプレイングを行なってください。

会話型RPGが遊ばれる現場において、精神疾患を有していたり障害を有していたりする方の状況が正しく理解されず、いわゆる「困ったちゃんプレイヤー」として排斥されてしまう事例がままあります。これらの問題や対応について、容易な解決を見ることは難しいでしょうが、認知行動療法の予備知識があれば、そのプレイヤーを理解し、受容し、ゲームの仲間として楽しいひとときを共有するための何らかの糸口、思考のヒントを得られるかもしれません。少なくとも、従前よりも状況をより的確に理解することができるようになるのではないでしょうか。

本コラムをきっかけに、まずは、皆さまも考えてみてください。そして、得られた結論を一足飛びに実践へと移すのではなく、下段解説部でも紹介している伏見健二さまの「バイステックのRPG」(「つぎはぎだより3」所収、つぎはぎ本舗、2011、同コラムは体験版からもアクセス可能)もお読みください。
そして可能であれば、うつ病、精神疾患、障害、認知行動療法等の専門書へアクセスし、知見を広げる契機としていただけましたら幸いです。

なお、活動趣旨にも記載がありますが、本テーマ連載ならびにAnalog Game Studiesへのご意見につきましては、analoggamestudies1★gmail.com(★→@)にて承っております。すべてにお返事ができるとは限りませんが、ご意見をお持ちの方はお寄せいただけましたら幸いです。(岡和田晃、下段の解説部を含む、11/04/28一部補足修正)

本稿をお読みの方は、お手数ですが、あらかじめ「CBT的アプローチのセッション運営(第1・5回)」に記された「危険性の確認」をご確認ください。(2011/05/23追記)

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【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1回)
(初出:「ブルーフォレスト通信1」、グランペール、2010)

伏見健二

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■最初に知っておいていただきたいこと

鬱、妄想などの精神疾患症状が起きている場合、また精神障害者、知的障害者、なんらかの行動障害が発生している場合において、それをサポートして解決するのは純粋に医学的アプローチに基づくものでなければなりません。

それらの障害や疾病の理解については、このゲームルールブック(編注:会話型RPG『ブルーフォレスト物語』およびサポート誌『ブルーフォレスト通信』)ではまったく情報量は不足していますし、また、執筆者自身、医師や臨床心理士ではありません。この章が治療行為を推奨するものではなく、またその効果を保障するものではないことをお断りしておきます。

多くの場合、これらの治療は、カウンセリングによってのみ行われるものではありません。専門医による投薬や支援が必要となります。これは治療レベルではなく、介護、支援、コミュニケーションのレベルのアプローチである、ということを強調した上で、文章を進めさせていただきます。うつ病、精神疾患の知識や、認知行動療法について、より詳しくお知りになりたい方は専門書をあたってください。

■認知行動療法

認知行動療法(CBT)は、主としてうつ病の行動支援のカウンセリング手法として発展してきました。その特徴と原理は、自己の客観視による不利な自動思考(NATS)の抑制、そして行動経験による克服と適応です。

なんらかの事象に出会ったときに、精神的傷害を受けている者は、自己に不利な思考や感情に囚われます。これは認知の歪み、すなわち「そう理解しなくても良いのに、間違った認識をして、自己の苦しみを増してしまう」ことです。どの瞬間に、どのような自動思考が発生するのかを知ることによって、クライアントと治療者はそれを正しい認知へ、あるいは回避的な認知へと導いてゆくことができます。

それが「思い込み」である場合、その思い込みが間違っていることを確認するためには、行動療法が有効になります。実際にやってみると、考えていたとは違っていた……この経験は、自動思考を塗り変える力となるでしょう。

それが「思い込み」ではなく不利な事実である場合はどうでしょうか。行動療法は成果とはならず、その不利を強調する結果になりかねません。その場合は認知療法が有効となります。不利益のなかになにかの利益を発見する認知を得ることによって、不利は有利に、有益な結果へなることを期待できます。見え方、感じ方は補整が利くことなのです。

成功経験による行動への自信、狭隘で偏向的な認知から、合理的な認知への克服。これがCBTの成果となります。

回復への原理は革命的なものではありませんが、それを容易に入手できないからこそ、うつ病やパニック障害からクライアントは抜け出せないでいます。これまでは治療者の個人差の高かった、分析と支援へのカウンセリング援助技術を、普遍的で手順的なスキルとして共有できるように体系化させたものがCBTなのです。

■TRPGとCBT

TRPGをCBTの視点で導入することは、次のような状況において有益です。

1:児童への行動療法的な教育の手段として。

2:思春期の心理変化において、認知力を高めさせ、行動障害を起こさないための予防的な認知力トレーニングとして。

3:成人において、健常で健康的な精神状態を維持するための心理トレーニングとして。

4:うつに悩まされているクライアントの、休息と自己実現の手段として。

5:なんらかの精神障害、知的障害、行動障害に合わせた、娯楽やソーシャルスキルトレーニングの手段として。

援助者はいずれの場合においても、TRPGをアセスメントツールとして、またCBTツールとして利用することができるでしょう。

注意すべきことは、この干渉はネガティブにも働きうる、ということです。治療的にTRPGを用いる場合、以下の条件をチェックリストとして使用してみてください。

・治療が必要なクライアントであれば、その支援が既に受けられていること。すなわち、精神疾患などがあれば、それが専門医による治療や向精神薬の投与などによってコントロールされており、コミュニケーションや遊びの場を持つことが勧められていることを確認すること。

・一緒にゲームを参加する者が、治療や教育の目的を理解していること。参加者数が、GMのコントロール可能な人員を超えていないこと。とくに配慮が必要なクライアントの場合は、1対1でのプレイを推奨。

・GMがゲーム外のコミュニケーションにおいてクライアントから充分な信頼を得られていること。さもなければ、ゲームの場に、クライアントが充分に信頼する人物がGMへの協力者として存在すること。

・プレイのストレスが大きくならないように配慮すること。時間で区切り、規則正しい休息をとること。また、プレイの中断や終了のときに、クライアントが充分にセッション内容を理解して咀嚼し、刺激を低減できるためのクールダウンの時間をとること。援護が必要なクライアントの場合、帰り道の安全が保障されていること。

では、前述したクライアントタイプごとに、それぞれの注意点を、以下、記述してみます。

■児童とのTRPG

児童がTRPGから獲得するのは、体験そのものです。児童は行動と結果の反復のトレーニングの途上にあり、それを急速に学習してゆきます。

TRPGによる代理的な体験は、そのような児童の豊かさをはぐくむ上で大きな効果を与えます。例えば絵本の読み聞かせのような、相手の反応を見ながら、物語の語り口を変えたり、テーマの強調の方向性を変えたりといった働きかけをすることができます。

多くの場合、児童は達成経験に飢えています。自分の行動がなにかに影響し、そして変化が生じる、ということそのものに強い印象を受けるものであり、またそれが良き成果を挙げれば、強い満足を得ます。

しかし、児童教育の視点においては、必ずしも成功経験のみを与えることは、良い結果を生み出さない可能性がある、と想定しておくべきだと考えます。成功経験がもたらす過度な興奮や、過度な自信は、児童の現実に対するヴィジョンを歪めてしまう危険性があるのです。成功への期待は多くの場合は豊かな経験と積極性へつながりますが、度を過ぎるなら鈍感と貪欲を作り出してしまいます。

逆に、失敗すること、そして失敗を挽回する、という経験を与えることも重要です。精神的に健康な児童に対してのゲーム体験は、このような「失敗経験」こそを与えるように、慎重で巧妙なストーリー展開を用意するべきです。しかし失敗は大きなストレスとなり、ゲームを「投げ出す」危険性がありますから、薬を糖衣で包むように、成功と報酬を準備する必要があります。この視点においては、「喜び」は「苦しみ」を覆い隠すための調味料として活用すべきものであり、それそのものが目的ではありません。

■知的障害者の娯楽として

行動を阻害する障害の多くは、脳機能によるものです。

脳内の伝達系、神経刺激のコントロールに異変があると理解できます。

知的障害においては、後天的に知的刺激が減少している状況における環境的な精神遅滞、先天的な生理的原因によって脳機能が制限を受けている単純性精神遅滞、また疾病によって脳や各器官が損傷を受けることによる知的障害の発生があります。

軽度の知的障害者や、知的低下を伴わないアスペルガー症候群、自閉症スペクトラムのプレイヤーに対しては、ゲームセッションはほとんど問題なく運営することができます。しかし、そのプレイヤーの行動は突飛であったり、こだわりが強く出たりすることがあります。そのような反応を想定内とし、GMは受容的にセッション運営をする必要があります。

知的障害者の行動訓練療法の視点において、TRPGのもたらす仮想体験が有効である可能性もあります。しかし知的障害者のソーシャルスキルトレーニングにおいては、実際に体を動かして反復的に行動することがより重要であり、学習の効果を過大に期待するべきではありません。またTRPGにおいてさまざまな背反への選択を求めることは、このカテゴリーのユーザーにとって有効でも有益でもないかもしれません。

しかし、テーブルトークRPGがもたらす娯楽の要素はこのようなプレイヤーにとても意味のあるものとなります。仲間、危険の克服、感謝といったドラマは、快いイメージを伴い、幸福感のある時間をつくります。

気をつけるべきところは、暴力的なモチーフをコントロールすることが困難である場合であるため、それを避けるべきだということです。障害のもたらす混乱、低抑制のなかで、暴力モチーフを安易に用いることは良いことではありません。また、このようなクライアントは暴力や性的欲求の発露から離れるように、という行動訓練を受けている場合も多く、それらの教育効果を損ねる娯楽を提供することは望ましくない場合もあります。

知的障害者とのゲーム体験は、あくまでソーシャルスキルトレーニングだ、という視点を持つと良いでしょう。

自由にPCが行動を選択できるTRPGとは違い、「理想的な行動パターンを体得する」ために行う反復性の高いトレーニングゲームであるとイメージすると良いでしょう。

■精神障害者の娯楽として

精神疾患にもさまざまなタイプがありますが、一例を挙げれば、統合失調症の代表的な症例は関係妄想に伴う被害妄想であり、それが生み出す精神的苦痛です。ドーパミンの過剰が、いわば神経の「つながりっぱなし」の状態を作り出してしまいます。

社会参加している多くの統合失調症患者、ないし、その傾向を持っている者は、そのような自分の妄想的な思考をコントロールする技術を得ています。妄想に対して「そんなことはない」と客観視によって解消したり、妄想が存在しても別の意識で「気にしないで」行動したり、あるいは達成体験や他人からの愛情や感謝によって、被害妄想がもたらす苦痛を打ち消すための工夫、ストレスコーピング技法を持っています。

TRPGのセッションがもたらす「関連の解き明かしや解決」の物語は、このようなクライアントの心象風景にごく近いものだと考えられます。TRPGは空想の世界で問題を解決するストーリーシステムであり、また、それを経験することによって、箱庭療法的に、関係妄想の整理と昇華を手助けする効果を期待できます。

関係妄想においては、他者からの攻撃の危険性や、憎まれているという不安が大きなテーマとなります。攻撃への不安に対しては、ゲーム内体験によって自分が行動的で強力な存在であり、困難に対処できる発展性を持っている、という擬似体験と確認とが有効と考えられます。また憎まれているという不安に対しては、そうではない物語空間を経験する……すなわち、病に苦しんで挫折を繰り返す自分ではなく、行動と成功を得て、感謝される自分を経験することにより、ネガティブな体験に対抗できる自信を獲得することができるでしょう。

■TRPGセラピストになる

現実問題、TRPGがセラピーにおいて非常に効果的であった、という症例は多く存在していると考えています。いわゆる「上手い」GMは、そしてプレイヤーも、このようなテクニックを駆使して、参加者に有益なセッションを作り上げてきたのです。

もしも貴方がTRPGに飽きが来たとしたら、次はこのような視点で、遊びの中で人に干渉し、人を手助けできるツールとしてのTRPGの分析と利用を考えてみてもらいたいと思います。そしてTRPGは、人間を理解するためのツールとして非常に面白い、無限のポテンシャルを持っている分野である、と感じていただければと思います。

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伏見健二(ふしみ・けんじ)
1968年東京生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。作家、ゲームデザイナー、介護福祉士。
日本の主要なアナログゲームクリエイターのひとり。21歳の時に代表作であるテーブルトークRPG『ブルーフォレスト物語』(ツクダホビー)を発表。小説家としても多数の作品を発表する。冒険企画局に所属の後、テーブルトークRPGの専門集団(有)F.E.A.R.の設立、小規模出版によって多様なゲームシーンを発掘紹介する(株)グランペールの設立と相次いでゲーム企業の設立に携わる。またインターネット黎明期に千人の会員を持ったWEB上ゲームサークルG99の主催者でもあった(現在は解散)。
介護を本業とする現在も、福祉資格取得の講師やスキルアップセミナーの講師を行いながら、ゲームデザインや出版やイベントに携わり、ことに小規模出版の支援や障害者支援に力を入れて幅広い活動を行っている。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
CBT的アプローチのセッション運営(第1回) by 伏見健二(Kenji Fushimi) is licensed under a Creative Commons 表示 – 継承 3.0 Unported License.
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本コラムで、会話型RPGと福祉分野の関わりに関心を持たれた方は、つぎはぎ本舗さまの「つぎはぎだより3」に掲載されたコラム「バイステックのRPG」をも、併せてご覧いただけましたら幸いです(体験版からも読むことができます)。

・「つぎはぎだより3」
http://home.dlsite.com/work/=/product_id/RJ075968.html

【追記】11年05月01日付けで、本コラムへの対論「私がTRPGをセラピーに使わない理由」(早瀬以蔵)がAnalog Game Studiesに掲載されました。併せてご覧いただけましたら幸いです。

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なお、伏見健二さまの代表作『ブルーフォレスト物語』は、小説版・3DOやプレイステーション版の発売など、さまざまなメディアで展開がなされましたが、原典にあたる最初の版がリバイバル・エディションとして復刊されています。『ブルーフォレスト物語』をご存知の方もそうではない方も、この機会にお手にとっていただけましたら幸いです。

ブルーフォレスト物語 リバイバル・エディションブルーフォレスト戦乱 リバイバル・エディションブルーフォレスト伝承 リバイバル・エディション / グランペール

本コラムの初出誌である『ブルーフォレスト物語』のワンコインサポート誌「ブルーフォレスト通信1」も、オンライン書店やゲーム・ショップ等で、好評発売中です。
「ブルーフォレスト物語 the 3rd Edition その道のりとコンセプト」、「相沢美良イラスト講座」、「新しいスタイルのTRPGシナリオを」、「『ブルーフォレスト物語 リバイバルエディション』用書き下ろしシナリオ「雄花と雌花」「きみは虎の子」」など、盛りだくさんの内容になっております。

ブルーフォレスト通信 / グランペール