増川宏一語る「研究の切り口」―その〔3〕(全3部)

増川宏一語る「研究の切り口」―その〔3〕(全3部)
(本文:増川宏一、解説・レビュー:蔵原大、協力:草場純、仲知喜)

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■【解 説】
  蔵原 大

 増川宏一といえば、ゲーム研究にとって「大先輩」にあたる、遊戯史研究の分野でご活躍されてきた高名な研究者です。将棋や賭博(ギャンブル)の盛衰に関する増川先生の史学研究について、ご存知の方も多いでしょう。

■ 遊戯史学会:http://www.gameshistory.net/

 先日、幸運にも増川先生とご縁ができましたので、当AGSの草場純顧問を介して、遊戯史や歴史研究における「研究の切り口はどのように見つけたらよいのか」をお聞きしました。遊戯史(あるいは歴史学やゲーム研究)はどんなポイントから研究してゆく学問なのか、ということをお訊ねしたわけです。

 以下の【本文】は、増川先生のご承認を得て、先生よりいただいたお手紙を転載したものです。長くなりますので、今回は三分割したうちの最後の部分「その〔3〕」を公開しました。

●その1( http://analoggamestudies.com/?p=199 )
●その2( http://analoggamestudies.com/?p=359 )

はすでに公開中です。

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■【本 文―その〔3〕】
  増川宏一

(その〔2〕 からの続きです)

 資料を探すのも大事な研究の一環です。信頼できる第一級の資料に辿りつくことは立派な研究活動です。

 よい資料を入手したら、それをどう読み解くか、自分の力量が試される問題です。大切な箇所に気がつかなかったり、見落とさないように鍛錬しておくことが必要です。これが無いと「猫に小判」で、たぶん私はいつも見過ごしているのではないかと思っています。

 遊戯史研究は、従来の史資料を遊戯史の観点から再検討することです。例えば『中世法例史資料』のなかに大和薬師寺の「薬師寺博奕制禁評定記録」(永禄一一年・一五六八年・三・二)の評定で「博奕徳政」のことが述べられています。この数年前も寺領内の博奕倍増とあるのですが、ついに博奕徳政をせざるをえないようになっています。賭博で負けた借財を全部チャラにする、という意味でしょうが、日本の遊戯史上、このような珍しいことがあったのにこれ迄、どなたも言及されませんでした。それで『(仮題)日本遊戯思想史』で述べることにしました。

 記録類の内容を積語しなければならない一例です。

解説コメント:この「博奕」とは「バクチ」ことギャンブル行為。なお「永禄一一年」とは、「桶狭間の戦い」が永禄三年(一五六〇年)、イギリスの劇作家シェイクスピアの生誕が永禄七年(一五六四年)に相当〕

 以上が先日の御手紙の返事です。御満足いただけなかったように思いますし、参考にならなかったと思います。

 研究の苦労や失敗談は幾つかありますが、これこそ参考にならないので省略しました。

 私は「遊び」を人間の生活のなかで正当に位置づけたいと思い、そのためには不当な評価や蔑視、無視を正そうと常々思っています。

 粗雑な返事になりましたが御容赦ください。

[追伸]
 私は次作『(仮題)日本遊戯思想史』の下書きのため毎日忙しくしております。昨日は長時間図書館で戦前戦中の「少年倶楽部」の少年小説を読み耽りました。とても懐しく、完全にタイムスリップした一日でした。少年に与えた軍国思想も「切り口」のひとつでしたので。

[二伸]
 切り口というのは一定の視点から述べることで、追伸のところは、「少年に与えた軍国主義、軍国思想」は、誰がどのようにして与えたのかを告発したい、という意図からです。あの時、手紙に書いたと思いますが、太平洋戦争が始まってまもなく、ミッドウェー海戦で日本海軍は大敗北で、戦死者三,〇五七名でした。この戦死者のうち、一四歳で海軍に志願した者八名、一五歳で志願した者三九名、一六歳で志願の者一五八名、一七歳で海軍に志願して戦死した者二六一名です。戦争が前途有為の青少年を殺したことに憤りといたましい気持ですが、それとは別に、一四歳、一五歳は親の反対を押し切ってか、親に隠して志願したのでしょう。その子供達は、つい先刻まで米英撃滅カルタで遊び、征け少年よ、という絵双六で遊び、少年倶楽部の軍事冒険小説で米英と闘うことを教え込まれ、海軍に志願して戦死したのです。

ミッドウェー海戦

 私は玩具や少年物語物が戦死へ誘う用具に転化した、本来楽しむべき遊戯具が、たとえ一時的にしろ、限られた社会状況にせよ、本来と異なる役割を果した、と知り、遊戯史研究の視野が開けたように思いました。これも『日本遊戯思想史』に記しましたが、どの立場からモノを見るか、が「切り口」の最も大切なことと思います。

(おわり)

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■【レビュー:増川宏一『将棋の歴史』】
  蔵原 大
将棋の歴史

 なお読者の中には増川先生の業績に不案内な方もおられるかもと思い、ここに先生のご著書のレビューを付け加えました。理解の一助にしてくだされば、幸いです。

 ところで増川宏一先生の名前を世に知らしめているものは、やはり先生の将棋史にかんする研究の成果でしょう。そのまとめにあたるのが、平凡社から出された『将棋の歴史』です。

http://www.amazon.co.jp/dp/4582856705

 よく将棋は、日本の伝統文芸のひとつとして引き合いに出されます。棋士たちの活躍やコメントが週刊誌に載ることだって、そう珍しくありません。にもかかわらず意外にも、将棋に関する歴史は、研究者が少ないせいか、今でも誤解されていたり、よくわからない点が少なくないのです。

 例えば……

 ▼日本の将棋は、中国の由来か、東南アジアから来たのか?
 ▼昔の「大将棋」「中将棋」は、実際にプレイされていたのか?
 ▼江戸時代、将棋指しは幕府から優遇されていた、というのは本当か?
 ▼明治から今まで、将棋とマスコミはどう寄り添ってきたか?

などなど、案外に知られていない諸々の事柄について、増川『将棋の歴史』は丁寧に解説してくれます。

 こうした将棋に関する歴史をひも解いていくと、いわゆる「伝統」「日本文化」が、外国の影響を受けていたり、思いがけない方向にチェンジしたり等、単なる古めかしさとは一線を画することが分かってきます。

 それというのも「伝統」とは、太古からの既定路線ではなく、昔の人・今の人・外国の人・この国の人々が作り出していく合作だからなのでしょう。将棋を通じて、改めて日本のモノづくり文化、クールジャパンを考え直すというのも面白いかもしれませんね。

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■【むりやり関連書籍】

● 山田芳裕『へうげもの』(漫画)
へうげもの
( http://www.moae.jp/comic/hyougemono )

 もともと茶の湯は、将棋と同じく、海外から伝来したポップな食文化の一つでした。茶の道に半生をかけた稀代のオタクこと古田織部のケシカラン生涯を追いかけるクールなマンガ!
 カッコイイって、こういうヤツだね。

● 東島誠『自由にしてケシカラン人々の世紀』
自由にしてケシカラン人々の世紀
( http://book.akahoshitakuya.com/b/4062584670 )

 中世の将棋は、もともと公家・僧侶といったセレブ限定の遊びだったと考えられています。コマを漢字で見分ける将棋、あるいは短歌のような文字遊びは、読み書きができない庶民には閉ざされていました。

 それが戦乱の南北朝時代になると、社会の表舞台に「悪党」「異類異形」なるパンクなベンチャー人が出没し、「江湖」という開かれた実力主義が駆けぬけ、公序良俗をかき乱しつつ、将棋を始めとする諸々の文化を庶民へと解放していくのです。

 『自由にしてケシカラン人々の世紀』は、アニメ『もののけ姫』、後醍醐天皇や楠木正成に象徴される「異類異形」「異形の王権」の生きざまをヴィヴィッドに描きつつ、世の中の混乱から生まれる歴史のイフこと「可能態」を足がかりにアキハバラの今、現代世界の変革まで見すえた野心作です!

増川宏一語る「研究の切り口」―その〔2〕(全3部)

増川宏一語る「研究の切り口」―その〔2〕(全3部)
(本文:増川宏一、解説・レビュー:蔵原大、協力:草場純、仲知喜)

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■【解 説】
  蔵原 大

 増川宏一といえば、ゲーム研究にとって「大先輩」にあたる、遊戯史研究の分野でご活躍されてきた高名な研究者です。将棋や賭博(ギャンブル)の盛衰に関する増川先生の史学研究について、ご存知の方も多いでしょう。

■ 遊戯史学会:http://www.gameshistory.net/

 先日、幸運にも増川先生とご縁ができましたので、当AGSの草場純顧問を介して、遊戯史や歴史研究における「研究の切り口はどのように見つけたらよいのか」をお聞きしました。遊戯史(あるいは歴史学やゲーム研究)はどんなポイントから研究してゆく学問なのか、ということをお訊ねしたわけです。

 以下の【本文】は、増川先生のご承認を得て、先生よりいただいたお手紙を転載したものです。長くなりますので、今回は三分割したうちの「その〔2〕」を公開しました。
●「その〔1〕」はすでに公開済み。
「その〔3〕」も公開です。

(Note: Some of the game images below are quoted from the British Museum for scholary & non-commercial purpose according to the Standard Terms of Use: (http://www.britishmuseum.org/about_this_site/terms_of_use.aspx). Their copyright is preserved by the Museum.)

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■【本 文―その〔2〕】
  増川宏一

その〔1〕からの続きです)

 明治以来、遊びは学術研究の対象になりませんでした。そのため研究の蓄積も充分ではありません。皆様がゲームという大きなテーマに果敢に取り組んでいられることに私は敬意を表します。よくぞ頑張っていられると尊敬もし、感嘆し、激励したいと常に思っています。

 私の考えを詳しく述べる紙数もありませんので、気付いていることを簡略に述べると、盤上遊戯の歴史に興味をもっているのは、少なくとも五〇〇〇年という長い歴史をもち、現在に至るまで起伏も多く、分岐して様々な方向に向かい、或いは独創や隆盛、衰退や消滅があるのは、まさに人間の歴史と共通していること。ですから「ゲームに反映されている人間の歴史」とでもいえることを追及したいこと。すなわち巨視的な観点からが一つ。

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 画像は、大英博物館の所蔵品「ウルの宮中ゲーム」。イラク南部の古代都市遺跡ウルで発見され、紀元前2600~2400年頃のもの。

The image is quoted for scholary purpose from “British Museum – The Royal Game of Ur” ( http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/me/t/the_royal_game_of_ur.aspx ). The copyright is preserved by the British Museum.

 古代シュメール文明に属するウルの町並みをごらんになりたい方は、大成建設の「古代文明都市ヴァーチャルトリップ」へ→( http://www.taisei.co.jp/kodaitoshi/civil/civilization.html )。

 次は、ゲームが変化するのは、遊び手である人間がゲームを変えていることで、変える人間はその時代の風潮、考え、感覚、流行、嗜好、信条など、その時代の環境に影響されていると考えています。その時代に生きている人々の感覚が投影されてゲーム(又はルール)が変えられる、と思っています。

 この両者のなかにも「切り口」は見つけられると考えています。例えば、江戸の黄表紙本に現われている滑稽や諧謔、才覚や人情は、そのまま歌舞伎にも反映していますが、かるたや絵双六にも表われています。ですから江戸の雰囲気というのも一つの「切り口」でしょうし、多色刷の錦絵と同等な絵双六は、遊戯具に示されている芸術性という視点からも採り上げることができます。

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〈「江戸名所双六」(国立国会図書館所蔵、転載許可取得済み)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310733〉

 今、私が下書きをしている次の本の或る一章は「戦争と遊戯」をひとつの「切り口」に考えています。これには、戦争による遊びのかげり(細かいことで申し訳ないのですが、日中戦争が始まると神戸市内の麻雀荘が激減したこと等)から始まって、勇ましい紙芝居など、これも或る時代を「切り口」にしたといえるでしょう。

 このような様々な「切り口」があることに気づかれたら、自分の最も得意とする分野で「切り口」を見つけるようにしたら、案外、容易に発見できるかもしれません。あまり自信の無い分野は避けたほうがよいでしょう。但し、全体からの関連でどうしてもここで、これをテーマにするべきだ、または必要か、しなければならない、となったら話は別です。資料を探し、いやでも取り組むと自分の勉強になります。

 資料を探すのも大事な研究の一環です。信頼できる第一級の資料に辿りつくことは立派な研究活動です。

(その〔3〕に続きます)

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■【レビュー:増川宏一『盤上遊戯の世界史』】  蔵原 大
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 なお読者の中には増川先生の業績に不案内な方もおられるかもと思い、前回同様、ここに先生のご著書のレビューを付け加えました。理解の一助にしてくだされば、幸いです。

 シルクロード、という言葉の説明はとくにいらないでしょう。古代から現代に至るまで、世界中をさまざまな文物が往来しています。もちろんシルク(絹)だけではありません。今ならインターネットで無料ゲームが配信されますが、昔のゲームはヒトの手に抱えられて、山を越え、砂漠を越えて、海の彼方からやって来たのです。囲碁・将棋しかり、トランプしかり。

 この『盤上遊戯の世界史』は、シルクロードをはじめとする交易の道を通じて広まったゲームが、その変遷や伝わったルートと共に紹介されています。それも将棋(象棋・チェス)やトランプといった、お馴染みのコンテンツにとどまりません。「ポロ」(馬に乗ってボールを打ちあう遊び)や「マンカラ」(アフリカ・東南アジアなどでの伝統ゲーム)、さらには古代オリエント史の中に消えてしまった謎のゲームまで網羅されているのです。

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 画像(シエラネオネ製)は、大英博物館の所蔵品であるマンカラ・ゲームの基盤。マンカラは、アフリカや東南アジアに見られる盤上ゲームです。

The image is quoted for scholary purpose from “British Museum – Mancala (wari) board” ( http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/aoa/m/mancala_wari_board.aspx ). The copyright is preserved by the British Museum.

 『盤上遊戯の世界史』は、どんな時代であれ、人類が遊びにそそぐ情熱とエネルギー、その大きさを感じさせてくれる名著だといえるでしょう。とくに日本ゲームの海外進出を考えておられるプロの皆さんにとっては。

 さて『盤上遊戯の世界史』の構成はつぎの通りです。

 ○ はじめに
 ○ 第一章 オアシスの路
 ○ 第二章 草原の路
 ○ 第三章 海のシルクロード
 ○ 第四章 日本への伝来
 ○ おわりに―新たな問題提起

 この本では、ゲーム研究の意義が、人類史そのものへの問いかけに重ね合わせて述べられています。皆さんへのご参考に、以下一部引用しました。

 「本書は人間が創り上げた文化の重要な側面を示す遊びについて考察するものである。盤上遊戯を主題としたのは、一万年近い歴史があり、進化ともいえる起伏に富んだ過程をみることができるからである。人々によって遠くまで伝えられた跡を知ることも可能だからである。何よりも人間の意志や意欲が反映されているからである。

  遊びは長い年月の間に枝分かれして、多種多様になった。新しく考案されたものや、しばらくして消えたものもある。遊び継がれてきたものには、楽しみを追い求める人間の姿があり、幾世代、幾十世代にわたって、あるいはもっと長い年月にわたって遊ぶ歓びを伝えてきたからである。これらの遊びから人間の営みの跡を辿ることにする。つまり遊びの歴史を調べることは人間の歴史を解明することにつながる。本書は、このような視点から遊びをとりあげていくものである。」(『盤上遊戯の世界史』pp.15-16)

 遊びやゲームって、ほんと奥深いですね。

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 画像は、大英博物館の所蔵品である古代エジプトのゲーム「セネト」です。セネトは今から1000年以上前に「滅んでしまった」ゲームでして、本来のルールや遊び方は謎につつまれています。

 セネトについては、当AGS顧問の草場純の解説をごらんください。

The image is quoted for scholary purpose from “British Museum – Senet game” ( http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/aes/s/senet_game.aspx ). The copyright is preserved by the British Museum.

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■【ムリヤリ関連書籍】

● ヒカルの碁(アニメ・漫画)
 http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/hikaru/
 http://www.amazon.co.jp/dp/4088727177

● 藤本徹『シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム』
 http://www.amazon.co.jp/dp/4501542705

 先ほどの増川先生曰く「遊び手である人間がゲームを変えている」の最たるものは、ゲームが遊び以外の領域で成果をあげていることかもしれません。現代の医療や大学教育などの、その現代の現場におけるゲームの社会的効用を追跡した書籍です。

 日経ラジオ「マネー女子会」のシリアスゲーム解説(by 藤本徹)は、コチラでお聴きできます→ http://www.radionikkei.jp/podcasting/themoney/2013/12/player-post-121.html
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● 石井米雄・吉川利治『日・タイ交流600年史』
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 日本の将棋は、はるばる東南アジアから伝来したと言われています。またPCに欠かせないHDD(ハードディスク)、その世界的需要の大半を担っている国は東南アジアのタイだとか。この『日・タイ交流600年史』は平安の頃から江戸、明治そして現代にも続く日本とタイとの交流について、東南アジア史の大家であった石井先生、吉川先生がまとめられた一作です。

 東南アジアの人々って、日本人とはどんな係わりを持ってきたのか? 意外に多い日本との接点をお知りになりたい方には特にお勧めです。

増川宏一語る「研究の切り口」―その〔1〕(全3部)

Analog Game Studies(アナログ・ゲーム・スタディーズ、略称AGS)は、2010年10月の結成以来、ウェブマガジン・各種イベントの運営、ゲームや関連分野における研究・実践・出版活動などを行なって参りましたが、このたび独自ドメインを取得、新たな発信基地として本サイトを設定、心機一転してさらなる飛躍を目指すことになりました。旧サイト(http://analoggamestudies.seesaa.net/)から、随時コンテンツを移行しながらの情報発信となりますが、今後ともAGSへのご理解・ご協力のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。リニューアル第1弾として、遊戯史研究の大家である増川宏一さまの寄稿をお愉しみ下さい。(Analog Game Studies代表・岡和田晃)

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増川宏一語る「研究の切り口」―その〔1〕(全3部)

(本文:増川宏一、解説・レビュー:蔵原大、協力:草場純、仲知喜)

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■【解 説】
  蔵原 大

増川宏一といえば、ゲーム研究にとって「大先輩」にあたる、遊戯史研究の分野でご活躍されてきた高名な研究者です。将棋や賭博(ギャンブル)の盛衰に関する増川先生の史学研究について、ご存知の方も多いでしょう。

■ 遊戯史学会:http://www.gameshistory.net/

先日、幸運にも増川先生とご縁ができましたので、当AGSの草場純顧問を介して、遊戯史や歴史研究における「研究の切り口はどのように見つけたらよいのか」をお聞きしました。遊戯史(あるいは歴史学やゲーム研究)はどんなポイントから研究してゆく学問なのか、ということをお訊ねしたわけです。

以下の【本文】は、増川先生のご承認を得て、先生よりいただいたお手紙を転載したものです。長くなりますので、今回は三分割したうちの「その〔1〕」を公開しました。
●「その〔2〕」
●「その〔3〕」も公開です。
※記事中の「国立国会図書館所蔵」資料は、他文献・サイトなどへの転載をご遠慮ください※

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■【本 文―その〔1〕】
  増川宏一

前略

「研究の切り口はどのように見つけたらよいのか」というお訊ねについて、私は以下のように考えています。

いわゆる「切り口」は人によって異りますので、十人十色と云ってもよいでしょう。私の場合を具体的に示しますと、『賭博の日本史』(平凡社選書・一九八九)の時には、「第三章 教養としての賭博――中世の賭博」、「第四章 社交としての賭博――近世の賭博(一)」、という章建てにしました。「切り口」と云えるかもしれません。

第三章は、かなりな量の公家の日記(活字本として出版されています)を読んだところ、聞香、闘茶、連歌、詩歌や和歌の合せもの等が遊びとして非常に多く記されていました。天皇や皇族も含む公家達は、ほぼ同じ様な環境で育ち、教育をうけていますので、嗅覚を競う遊び、味覚を比べる遊び、文学的知識や才能を競う遊びが成り立っていました。つまり私は、「どの公家にも共通している行為」を一つの考察の対象にして、いわば「切り口」として「教養」という観点から採り上げてみたのです。

第四章は、主として「黄表紙本」(或いは単純に「黄表紙」)と刑法の判例集を述べた『御仕置類例集』を参考にしました。判例集もかなりな量で、他の犯罪に分類されているなかにも「遊び」があります。

〈黄表紙本『美男狸金箔』(十返舎一九 作・画、国立国会図書館所蔵、転載許可取得済み)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532473〉

共通しているのは、町人が交際する場合に遊んでいることです。社交を「切り口」にしました。三章四章の「切り口」は、無論、担当の編集者と懇談の際に話をして、大いに賛成してもらったものです。

他の場合も、絵双六の歴史を調べている時に、双六の製作過程から絵双六を観た場合、双六を奢侈禁止という視点から見た場合、など、一つのテーマであっても様々な角度から見ることができます。そのなかの或る角度が「切り口」になるのでしょう。
人によって異なるのは、前述の公家の日記を読んだ歴史家のなかには「悪党の世紀」という観点から考えた人もあり、公家の荘園からの収益と低下、という観点から考えた人もあります。近年では「公家の病気」という観点から考察した人もいます。すなわち、その人の関心やテーマによって異なります。

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〈タイトル (title):〔源氏双六〕、収載資料名 (publicationName):〔双六〕(国立国会図書館所蔵、転載許可取得済み)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1304980〉(引用者注:あるいは「源氏絵合わせかるた」「呼び出しかるた」か)

同じゲームを採りあげるにしても、様々な視点から考えられます。ゲームを実践やルールから考察された方には優れた人達が沢山いらっしゃることは私もよく承知しております。

明治以来、遊びは学術研究の対象になりませんでした。そのため研究の蓄積も充分ではありません。皆様がゲームという大きなテーマに果敢に取り組んでいられることに私は敬意を表します。よくぞ頑張っていられると尊敬もし、感嘆し、激励したいと常に思っています。

 

〈滑稽本『東海道中膝栗毛』(十返舎一九 作・画、国立国会図書館所蔵、転載許可取得済み)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2558997〉

(その〔2〕に続きます)

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■【レビュー:増川宏一『日本遊戯史―古代から現代までの遊びと社会』
  蔵原 大

なお読者の中には増川先生の業績に不案内な方もおられるかもと思い、ここに先生のご著書のレビューを付け加えました。理解の一助にしてくだされば、幸いです。

http://www.amazon.co.jp/dp/4582468144

もちろん遊びは楽しいものですし、そうであって全く問題ありません。けれど同時に、遊びの明るい側面とは対照的な「影の部分」が存在するのも また事実です。遊びの「影の部分」を紐解くことは、今のゲームに関わる方々にとって決して無益ではないでしょう。なにしろ江戸時代の武士や町人が「将棋」「富くじ」「さいころ賭博」に熱中した姿と、現代の私たちが競馬、パチンコ、携帯ゲームにハマってしまう姿とは、けっこう似通っているように思えるからです。

そうした遊びの日本史、つまり本文で挙げられていた『賭博の日本史』のいわばダイジェスト版が、2012年に出た『日本遊戯史』です。ここでその見どころ、あるいは遊びの「影の部分」の一部をご紹介しましょう。

内容は、古代から現代まで、日本の人々がつくりあげ親しんできた遊びの姿とその盛衰を描いたものです。といって囲碁・将棋のようなポピュラー物にとどまりません。相撲などのスポーツ、和歌・俳句・百人一首といった文学的遊びもさりながら、本書独自の「切り口」は「ギャンブル」。先にあげたゲームが賭け事と深く結びついていた事実、それぞれの時代の人々がゲームを使ったバクチに熱中してきた姿について詳しく検証されています。ゲームの普及や普遍性、将来どんなゲームが生き残るのか、といった問いへの好材料となるでしょう。

なお『日本遊戯史』の構成はつぎの通りです。

○ はじめに
○ 第一章 遊びの伝来と定着
○ 第二章 中世の遊び
○ 第三章 華麗な遊びの世界
○ 第四章 遊びの近代と現代
○ 終章 遊戯史研究
○ おわりに
○ あとがき

今の遊びの場では、ゲームの「課金」問題、ちょっと前の「コンプガチャ」騒動のように、お金に関するシリアスな課題が浮上中です。野球や相撲などのスポーツ賭博についても、再三報道されてきました。ですが、そもそも遊びと「課金」またはギャンブル性とは、元から表裏一体なのです。『日本遊戯史』では、将棋や相撲以外にも「双六」(すごろく)や「かるた」(カードゲーム)の古い姿を通じて、ギャンブルの起源が取り上げられています。ゲームとギャンブルとの結びつきは、テクノロジーの違いこそあれ、今も昔も共通すると言えそうです。

さらに付け足すと『日本遊戯史』では、時の権力が発するギャンブル(遊び)禁止令に逆らって庶民が、そして武士や貴族、なんと皇族でさえ平然と、もちろん金品を賭けて遊んできた赤裸々な姿にも目配りが行き届いていました(一例として天皇家の遊びについては本書pp.127-128,135-138)。かつ書中で紹介されるエピソード、たとえば「第三章 華麗な遊びの世界」の中には、これまた現代のゲーム(とくに同人系)を連想させる点が多々あります。

たとえば「すごろく」は、江戸時代いくども「奢侈」「風俗よろしからず」等の理由で取り締まりの対象となりました。けれどその都度バリエーションを変えて生き残る、この生命力はまさにサブカルチャーのお手本です(本書pp.168-178で詳解)。やがてその力は、明治以後には文明開化の、そしてついには軍国主義のプロパガンダさえ担ってしまいます。極論すれば「人生ゲーム」や「リアル脱出ゲーム」( http://realdgame.jp/ )だって、今なお生きる「すごろく」の一種ではないでしょうか。

〈「江戸名所双六」(国立国会図書館所蔵、転載許可取得済み)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310733〉

こうして見ていくと、中国のことわざの「上に政策あれば、下に対策あり」という言い分は、日本ゲームの領域でもまた時代を越える普遍的事実なのかもしれません。遊びに関わってきた人々の底力、その広がり・奥深さを単にながめるだけでも、面白く元気づけられるように感じます。きっとそれは、遊びという行為を人が追い求める、その根源にある人間性につながっているのでしょう。

最後になりますが『日本遊戯史』のユニークな点の一つは、「終章 遊戯史研究」とありますように、遊びの「研究の蓄積」つまり遊びに関する史学研究の流れが、著者ご自身の実体験を踏まえて語られていることです。遊びの研究が権力によって大きな影響を被ってきた事情、学術の「影の部分」と社会とのむずかしい関係について指摘されています。

結論としては、今のゲームの研究・ビジネスにおいて独自の「切り口」を模索されている方々への非常な刺激剤となりえるのが、本書『日本遊戯史』です。「本来の人間が持っている積極性、活動性を表わすものとしての遊びの真実を伝えたい」(本書p.4)とするその内容が、皆さんのご参考になれば幸いです。

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さまざまな遊びは消長を繰り返しながら遊び継がれていく。総体にせよ個々の遊びにせよ、遊びがどのような方向に向かうのか、遊びの近い将来を決定するのは人間である。人が遊びを創り伝えている。これが遊びの歴史であろう。

―増川宏一『日本遊戯史』p.295―

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■【ムリヤリ関連書籍】

● 柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』(漫画)
http://www.amazon.co.jp/dp/4088771850
● つのだじろう『5五の龍』(漫画)
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4120017907?vs=1

● R・カトナー、S・K・オルソン『ゲームと犯罪と子どもたち―ハーバード大学医学部の大規模調査より』
( http://www.amazon.co.jp/dp/4844327089 )
ゲームと犯罪と子どもたち

・ゲームはいわゆる「ゲーム脳」をつくりだすのか? ゲームは子どもに悪影響を及ぼし犯罪を助長するのか? ハーバード大の研究チームが、児童を対象とする社会調査の成果を切り口に、ゲームやニュー・メディアをめぐる噂や政治的言説の真偽を検証した研究書です。

● 牧原憲夫『全集 日本の歴史 第13巻 文明国を目指して』
( http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784096221136 )

・幕末から明治へ、幕藩体制から天皇制へと変わる日本で、庶民の暮らしはいったい何がどう変わったのか? 福沢諭吉の「人の上に人をつくらず」ってホントはどんな意味? 「開国」「文明開化」がもたらした自由競争という名の差別・侵略を切り口に、近代化による格差社会の形成を明らかにした研究書です。
今日のTPP問題につながる通商・物流の影響を多く取り上げ、コラム「博打と博徒」(p.290)では増川先生の研究にも触れています。

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