【教育×ゲーム】教育向けRPG『ラビットホール・ドロップス』体験会参加報告

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【教育×ゲーム】教育向けRPG『ラビットホール・ドロップス』体験会参加報告

 小春香子 (協力:野崎卓馬、伏見健二、岡和田晃)

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 2012年8月4日に所沢市男女共同参画推進センターにて行われた、会話型RPG(TRPG)『ラビットホール・ドロップス』の体験会に参加してまいりました。ゲームは印象が悪く捉えられがちですが、教育の世界でラビットホール・ドロップスを一例にRPGなどのゲームを活用する道を探る、という目的で開催された体験会です。主催者の方は野崎卓馬さんという、学習塾でマーケティングをしていらっしゃる方で、マーケティング分野でゲーミフィケーションやシリアスゲームが着目されている今が良い機会だとこの体験会を開いたそうです。
ラビットホール・ドロップス / グランペール
ラビットホール・ドロップス / グランペール
 参加者は8名、いずれもRPGの経験者ばかりがあつまりましたが、普段RPGを中心に遊んでいてあまり教育の分野にはかかわりがなかったゲーマーの方から、普段塾や学校の教員として働いている方、イイトコサガシさんからのつながりで福祉分野のNPOを運営されている方、日頃からラビットホール・ドロップスを楽しまれているRPGファンの方などさまざまな方が参加していらっしゃいました。

 会場に入ると、まずルールブックと筆記用具、飲み物とダイスが各自の席に用意してありました。主催者の方の細やかな配慮を強く感じます。会がはじまると、最初に主催者の方からゲーミフィケーションやシリアスゲーム、RPGのプレゼンが軽くあり、ゲームデザイナーの伏見健二さんからラビットホール・ドロップスの紹介がありました。
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 その後、二卓に分かれて実際にラビットホール・ドロップスの冒険に出てみました。GMによるルールやキャラクターの説明が分かりやすく、どちらの卓も比較的スムーズに冒険が進んだようです。終了後に冒険をつき合わせてみると、どちらの卓でも少し扱いが難しい「カエル」役の人気が高かったことが分かりました。片方の卓ではクレバーなカエル君が重要なNPCに引っかけをしかけたりなどの大健闘、もう片方の卓ではパーティのマスコットとして大笑いを引き出していたカエル君だったことなどが明かされ、「参加者によって同じ役でも展開が違う」というRPGの特性が印象付けるものとなりました。
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 こうした報告の後は、「このラビットホール・ドロップスをいかに教育で活用するか」のディスカッションがありました。愛知県の市立小学校でRPGを特別活動(クラブ活動)として取り入れている例や、さまざまな立場の方からの意見交換は大変有意義だったと思います。私の卓では、教育効果を狙って子供たち全員を対象とする学校教育(総合的な学習や「授業」としての実践)よりは、多年齢の希望者が集まるフリースクールや塾、などの社会教育、または現在実践されているように学校教育でも特別活動として取り入れていく方が効果的ではないかといった議論が交わされていたのが印象的です。

 野崎さんは終了後、この体験会について、「今回はRPG未経験の教育関係者にあまり告知できていなかったようで残念でした。ただ、RPGを普段遊んでいる人たちに、こういう活動ができるということを知ってほしかったので、そういった点では活発な議論や冒険となり満足しています。普通にゲームをするだけではない土台ができていき、ゆくゆくはゲームの持っている力についてもっと皆に知ってほしいと思っています」とおっしゃっており、またラビットホール・ドロップスをデザインした伏見さんからは、「教育関係者のお話を聞くことができ、問題意識を共有できて有意義な会でした。人を助けたり、感謝されたり、時に対立したり……ゲームのなかでたくさんの経験を提供できればいいと考えています。また、頼もしく仲間を守る役割だったり、おどけてリラックスさせる役割だったりと、集団のなかでの役割を交代することで子供たちが学べることは多いことと思います。それが教育の場を円滑にする効果はとても大きい、というお話になりました」というコメントをいただきました。

 全体として、非常に熱く盛況な体験会であったと思います。(小春香子)

※写真は主催者様から提供いただいた写真を使用させていただいております。

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●会話型RPG『ラビットホール・ドロップス』のサプリメント(追加資料集)『ラビットホール・ドロップス シナリオブック』が発売されました。
 ラビットホール・ドロップス シナリオブック / グランペールラビットホール・ドロップス シナリオブック / グランペール

 「ラビットホール・ドロップス」は、地図や物語を示した絵、「シナリオアート」をみんなで見ながら、童話の登場人物のような役割で冒険を体験する、新たなスタイルの「ロールプレイングゲーム」です。

ルールはとてもシンプルで、1セッションは1時間ほどで終えることができます。
親子で遊ぶ、初心者と遊ぶ、障害当事者との交流で遊ぶ、教育効果を高めるために遊ぶ、童話研究として遊ぶ、創作や表現の模索で遊ぶ……などなど。
新たな方向を模索し、ロールプレイングゲームの効果を探る、さまざまな試みに用いられています。
この冊子はそんなラビットホール・ドロップスのサポートブックです。
小学生GMによる、実際の親子ゲームの様子を収録したリプレイ。剣士、怪盗、予言者、猫と、それぞれ新たな能力をもった4種類のドロップス(職業/役割)、そして最初のシナリオからつながる2つのキャンペーンシナリオ。6編の独立した小シナリオ。
どれも、すぐにあなたのセッションに役に立つ、とびきりのサプリメントとなるでしょう。
物語を作る喜び、語り合う嬉しさ、笑いあう楽しさ。
どうぞ、ラビットホール・ドロップスで、価値ある体験を広げていってください。(裏表紙より)


 収録シナリオは「カラスと動く樹」、「ゆうれい城の王さま」、「笑わない姫」、「悲劇のあとに」、「盗まれた鎧」、「カエルのために笛を鳴らせ」、「ナイト・バイオレット」、「ジャッカル城の要塞」の8本。相沢美良氏の美麗なイラストがふんだんに盛り込まれ、4コマ漫画もあり。
 AGS代表岡和田のお薦めは「笑わない姫」。コミックのコマ割りの技法がシナリオアートに活かされており、まったく新しいシーンの切り取り方の妙味が体感できます。
 「Role & Roll Staiton」などの専門店でも入手可能です。
 Analog Game Studeisはルールブックに引き続き、「協力」としてクレジットをいただいております。

 なお、ゲームデザイナーの中森しろ氏、俳優の祝原あすか氏ら、『ラビットホール・ドロップス』のファンによる紹介動画『らびほTV』がニコニコ生放送で放映されるようです。詳細は『らびほTV』コミュニティをご覧ください。このような新しい試みを許容するところに、『ラビットホール・ドロップス』の懐の深さがあるように思います。


「Analog Game Studies(アナログ・ゲーム・スタディーズ)&イイトコサガシ交流ワークショップ第二回「現代によみがえるわらべ遊びの数々」を、2012年8月22日(木)10時より…豊島区心身障害者福祉センター、豊島区心身障害者福祉センター、豊島区心身障害者福祉センターで開催致します! 
 発達障害当事者(アスペルガー、ADHD、高機能広汎性等自閉症スペクトラム)にとって、コミュニケーションを試せる心地のよい「機会」となることを夢見て立ち上げましたイベントです。※ご家族や支援者、一般の方の参加は大歓迎。
 第1回のレポートはこちらをどうぞ。
 申込の詳細はイイトコサガシのウェブサイトをご参照ください(Analog Game Studiesでは申込を承っておりません、ご注意ください)。

イイトコサガシさまが、2012年9月2日(日)に「『大人の発達障害』を、香山リカさんとイイトコサガシが語る会 医師の目×当事者の目」が開催されるそうです。
2012年9月2日(日)大人の発達障害を香山リカさんとイイトコサガシが語る会(表).jpg

 当事者が困ることって何だろう? 私たちに出来ることって何だろう?
医師はどう治療するの? 当事者の目から見た世界ってどう見えるの?
発達障害をめぐる様々な疑問に、精神科医の香山リカ先生と、発達障害当事者会イイトコサガシが、真面目に、でも和やかに向き合う会です。(イイトコサガシプレスリリースより)


 ゲストに精神科医にして「SFマガジン」でも連載をもっている香山リカ氏を迎え、イイトコサガシの「本気」が伝わるこのイベント。ゲームと直接の関係はありませんが、よりよいコミュニケーションのあり方に関心のある方は、ご参加を検討されてはいかがでしょう。イイトコサガシの告知用サイトから、申込が可能です(Analog Game Studiesでは申込を承っておりません、ご注意ください)。(岡和田晃)
(※12/08/14 一部情報追加)

Analog Game Studies(アナログ・ゲーム・スタディーズ)&イイトコサガシ交流ワークショップ「現代によみがえるわらべ遊びの数々」IN 豊島区心身障害者福祉センター、レポート!(付記:「わらべ歌」歌詞リスト)

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Analog Game Studies(アナログ・ゲーム・スタディーズ)&イイトコサガシ交流ワークショップ「現代によみがえるわらべ遊びの数々」IN 豊島区心身障害者福祉センター、レポート!(付記:「わらべ歌」歌詞リスト)

 岡和田晃、協力:草場純

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 2012年3月29日(木)、Analog Game Studies&イイトコサガシ交流ワークショップ「現代によみがえるわらべ遊びの数々」が、豊島区心身障害者福祉センターにて開催されました。本ワークショップは、発達障害当事者の方々、支援者の方々、あるいは発達障害当事者の方々との楽しいコミュニケーションのチャンスを持ちたいと思われている方々が、ともに伝統ゲーム「わらべ遊び」(童遊び)を体験してみるという主旨のイベントで、今回が初の開催となります。

 Analog Game Studiesの紹介記事も併せてご覧ください。
http://analoggamestudies.seesaa.net/article/259355278.html

 近年、アナログゲームの福祉分野での応用が注目を集めています。Analog Game Studiesのメンバーも、さまざまな研究会やイベントに出席して学習を重ねておりますが、今回はいよいよ、東京都成人(大人)発達障害(アスペルガー・ADHD等)当事者会「Communication Community・イイトコサガシ」ピアサポート・グループ(以下、「イイトコサガシ」)さまと共催という形で、イベント開催を行なってみた次第です。

 参加者には、さまざまな経歴の方々がいらっしゃいました。発達障害当事者の方々、発達障害支援を学んでいる方々はもちろん、イイトコサガシ代表の冠地情さま、イイトコサガシ心理職アドバイザーの加藤澄江さま、Analog Game Studiesに「CBT的アプローチのセッション運営」を寄稿くださいましたゲームデザイナーの伏見健二さまも参加する形で、ワークショップは大いに盛り上がりました。

 当日の天気は快晴。屋上に上がって簡単な自己紹介を行ない、「お手ぶし」をはじめ、簡単なリズム遊びから、「石蹴り」のようにゲーム性豊かな遊びまで、草場純氏の進行のもと、無理をせず、休憩を挟みながら3時間あまり、童心にかえって遊びに熱中した次第です。私自身、北海道の田舎で過ごした子ども時代に、いとこたちと牧場で「ケンケンパ」に興じたことを思い出しました。

 参加者の許可をいただきまして、写真をいくつか紹介いたします。「天国と地獄」(石蹴り)のレクチャーを受けているヒトコマです。
天国と地獄.jpg
レクチャー.jpgジャンプ成功.jpg

 イイトコサガシの「会話によるコミュニケーション能力開発ワークショップ」では、メインの会話のワークショップの前に、「アイスブレイク」として、緊張を取り除くための簡単なゲームを行っています。童遊びには、こうした「アイスブレイク」の効果もあるのではないかと感じた次第です。

 これまで草場純氏は、さまざまな場所でわらべ遊びのレクチャーを行なってきました。また、ミニコミ誌「子どもプラスMini」連載の「草場純の遊び百科」にて、伝統ゲームの一貫として童遊びを紹介してきました。「子どもプラスMini」40号[2011年3月号]では、Analog Game Studiesを紹介いただいております。

 この童遊びは古くからの口承伝統という側面があり、時として差別や悪口に近いものが混じっていたりします。そうしたものについても、成立事情や背景情報がわかりやすく解説されることで、「差別」が容認されたり、ゲームを通して「差別」が助長されたりすることなどは一切なく、童遊びの本質を体感することができました。

 総じて参加者は皆、気分良くゲームに参加することができました。アンケート結果からみても、ご好評をいただいていたことが改めて確認できました。今後、またこのようなイベントを開催していければと感じた次第です。



 さて、童遊びはパフォーマンスなので記録に残りにくく、複雑ではないもののなかなか覚えにくいという面があります。しかし「わらべ歌」(童歌)と密着しているために、歌詞を見ればやった人は比較的簡単に遊びを思い出すことができるものと思います。

 そこで、本レポートでは童歌の歌詞をご紹介していきます。当日ワークショップに参加された方も、また童遊びに興味がある方も、知っている歌、聞いたことがある歌を探してみてください。

〈「わらべ歌」歌詞リスト〉(採録:草場純)

■青山墓地

♪青山墓地からお化けがひょ~ろひょろ
♪お化けの後から子豚がブーブー
♪子豚の後から桶屋さんがオッケオッケ
♪桶屋さんの後から子どもがジャンケンポン

■お手ぶし

♪おてぶしてぶし てぶしのなかは へ~びのなまやき かえるのさしみ いっちょうばこやるから まるめておくれ い~いや!

■からすかずのこ

♪か~らすかずのこ にしんのこ おしりをねらって かっぱのこ

■黒猫

♪家(うっち)のうっらの黒猫は、白粉つけて、紅つけて、ひっとに見られてちょいと隠す!

■堂々巡り

♪どーどーめーぐり こーめぐり あーわのめーしもいーやいや そばきりそうめん 食べたいな

■なかなかホイ

♪なかなかホイ そとそとホイ なかなかそとそと なかなかホイ
そとそとホイ なかなかホイ そとそとなかなか そとそとホイ

■あぶくたった

♪あーぶくたった にえたった にえたかどうだか食べてみよう
むしゃむしゃむしゃ まだにえない
あーぶくたった にえたった にえたかどうだか食べてみよう
むしゃむしゃむしゃ まだにえない
あーぶくたった にえたった にえたかどうだか食べてみよう
むしゃむしゃむしゃ もうにえた
「戸棚にしまって、鍵閉めて、…(以下家庭生活を即興で演じる)…、電気を消してもう寝ましょう。」
鬼「とんとんとん」
子「何の音?」
鬼「風の音。」
子「ああよかった。」
鬼「とんとんとん」
子「何の音?」
鬼「(即興)の音。」
子「ああよかった。」
(以下任意に繰り返す)
鬼「とんとんとん」
子「何の音?」
鬼「おばけの音!」
で、コドモ達は逃げる。

■あんたきらい(罰ゲーム)

♪ばかあほまぬけ おたんこなすかぼちゃ そっぱそっぱみそっぱ あんたきらい フン

■いろはに金平糖(身体感覚と課題解決の遊び)

♪いろはにこんぺいと

■ えべっさん(鬼決め)

♪どっちどっちえべっさん えべっさんにきいたらわかる

■おじいさんおばあさん(鬼交代)

♪おじいさんおばあさん なにくってかがんだ えびくってかがんだ

■今年の牡丹

[コドモは内向きの一重円、オニは少し離れたところにいる。]
コドモ [輪になって踊る]
♪今年の牡丹はよい牡丹 お耳をからげてスッポンポン もひとつからげてスッポンポン
♪今年の牡丹はよい牡丹 お耳をからげてスッポンポン もひとつからげてスッポンポン
[オニが来る]
オニ 「入れて」
コドモ「いや」
オニ 「どうして?」
コドモ「しっぽがあるから」
オニ 「しっぽ切ってくるから入れて」
コドモ「血が出るからいや」
オニ 「川で洗ってくるから入れて」
コドモ「川坊主が出るからいや」
オニ 「海で洗ってくるから入れて」
コドモ「海坊主が出るからいや」
オニ 「そんなら今度うちの前を通ったとき、天秤棒でひっぱたくぞ」
コドモ「じゃあ入れてあげる」
[オニが輪に入る]
コドモとオニ  [輪になって踊る]
♪今年の牡丹はよい牡丹 お耳をからげてスッポンポン もひとつからげてスッポンポン
♪今年の牡丹はよい牡丹 お耳をからげてスッポンポン もひとつからげてスッポンポン
[オニが抜ける]
オニ 「わたし帰る」
コドモ「どうして?」
オニ 「晩ご飯だから」
コドモ「おかずはなあに?」
オニ 「蛙となめくじ」
コドモ「生きてるの? 死んでるの?」
オニ 「生きてるの」
コドモ「じゃあさようなら」
[オニが去って行く]
コドモ「だれかさんの後ろに蛇がいる」
オニ 「わたし?」
コドモ「違うよ」
オニ 「ああよかった」
コドモ「だれかさんの後ろに蛇がいる」
オニ 「わたし?」
コドモ「違うよ」
オニ 「ああよかった」
コドモ「だれかさんの後ろに蛇がいる」
オニ 「わたし?」
コドモ「そう!」
[以下鬼ごっこ]

■どんど橋 (とおりゃんせ遊び)

♪どんどばしわたれ、さあわたれ。こんこがくるぞ、さあわたれ。

■なべなべ (ミキシング)

♪なべなべそっこぬけ、そっこがぬけたら かえりましょ。
なべなべそっこぬけ、そっこがぬけたら まわりましょ。



12/04/20追記:
 本レポートをお読みになった松本由香子さまが、「あぶくたった」の歌を歌い、動画としてご提供してくださいました。
 伝承遊び(童遊び)「あぶくたった」の歌です。
 以下、松本由香子さまのコメントとなります。

 私は昭和40年代後半~昭和50年代前半(1970年代)、神戸市灘区と中央区(旧・葺合区)で小学校時代を送りました。当時は近所の年齢の違う子どもたち十数名が小学校-や幼稚園が終わると集まって、路地や空き地、公園で様々な外遊びをしていました。
「あぶくたった」は怪談やごっこ遊び的な要素が含まれているためか、人気の遊びの一つでした。
Analog Game Studies(アナログ・ゲーム・スタディーズ)で「あぶくたった」の歌詞の採録を拝見して、懐かしくなったので歌ってみました。


 あぶくたった」がどんな歌だったのかご存知ない方、あるいは、久しぶりに「あぶくたった」を聞いてみたい方は、ぜひアクセスしてみてください。

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険

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【Analog Game Studies1周年企画】

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)、岡和田晃

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 遅くなりまして申し訳ございません。予告していたAnalog Game Studies1周年企画をお贈りいたします。

 昨年の今頃は、門倉直人さまの「グンドの物語」をAGS上で再掲させていただきましたが、今回はフーゴ・ハルさまとのコラボレーションです!

皆さまはAnalog Game Studiesに掲載された「ゲームブックとの邂逅」をお読みになりましたか?

 「ゲームブックとの邂逅」では、親子二代に渡るゲームブック体験が綴られました。従来は一過性のブームに終わったとみなされることもあったゲームブックは、熱心なファンによって読み継がれ、新たな世代の読者を獲得しつつあります。

 そこでAnalog Game Studiesでは、日本のアナログゲーム・シーンにおける重要なパイオニアであり、現在もゲームブック作家やボードゲーム・デザイナーとして活躍なさっている、HUGO HALLさまとコラボレートした特別企画をお届けいたします。

 題して「ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険」。
古き時代を振り返ることで新たな表現のあり方を考えるとともに、創作と批評のよりよい可能性を模索する企画になればと考えます。

 第1部として、ゲームブックの歴史を示す貴重な記事を再掲し、第2部では、新たな試み「ブックゲーム」を紹介いたします。

 さあ、読み進めたまえ。

(岡和田晃)

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■第1部:【再掲】「アルバイトニュース」のゲームブック記事

 まず紹介するのは、「アルバイトニュース」誌(現「An」、学生援護会)のゲームブック特集に1週間だけ掲載された幻の記事、「こんなに楽しいゲーム・ブックの世界」の再掲です。フーゴ・ハルさまの許可をいただき、Analog Game Studiesのウェブログ上で公開させていただきます。
 1986年当時、ゲームブックはどのように受け止められていたのでしょうか。当時の事情を知ることでゲームブックの面白さを再確認するために、本稿をご活用いただけましたら幸いです。

(岡和田晃)

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こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)(初出:「アルバイトニュース」1986年4月14日号、学生援護会)

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 (編注:「○」は見出しサイズを表します。「○」が多いほど大きな文字になっております)

○○○○○こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

○○○ひとりで出来る探検隊、ゲーム・ブックの傾向と対策

 ここ数年よく目につくようになったゲーム・ブック。一見するとフツーの小説本と変わらないよーなシロモノが、本屋さんで飛ぶように売れているという。ゲーム・ブックのどこがそんなに面白いのか!? じっくり探ってみよう。

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[トップ絵]ホンノキュビズム

○○迷うことの快楽

 近頃、道に迷う機会が少なくなったと思う。少し前まではこうじゃなかった。雑誌の中でもちょっと気をゆるめれば迷うことができた。しかし最近の道の丁寧な表示はそう簡単に私たちを迷わせてはくれない。まったくわかりやすくなったものだと思う。だが、私達には迷う快楽への憧憬があるはずだ。それは小学校の頃通学路に交差する沢山のわき道に魅惑されたあの感情でもある。わき道は夕方になると影を帯びて不可思議な魅力を倍増した。この道には怪人や魑魅魍魎がひそんでいると言って誰かが探検隊を編成すれば、翌日はたしかに怪人があらわれた!という報告が全校を震撼させたものだった。血湧き肉踊る、あのわき道。そこでは誰でも川口浩探検隊だった。やがて義務教育が終わり神秘のわき道も消え失せる。しかしわき道から消え失せたのはこちらのほうだったのかもしれない。

 ノスタルジーとしてではなく、いいものは取り返してやりたい。そして久しぶりにわき道でゆっくり迷ってみたい。そんな意見に賛成ならばゲーム・ブックをやってみるべきだ。

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 このゲーム・ブック作品はあなたの好みに併せて読めるようになっています。つまり全体がひとつの大きなゲーム・ブックになっているのです。文中に選択肢がでてきたらその中から一つを選び指示に従ってください。別に指示どうり読まず、自由に飛ばし読みしてもかまいません。それではAからスタート。

○○○○A 最近密かに大流行 一人遊びの決定版 ゲームブックとは何か

 本屋に行くと「……ゲーム・ブック」と称す本の一群が目につくようになりました。このテの本では読者が主人公となって本の世界へ冒険に旅立ち、ストーリーは読者の選択によって変更ができるように仕組まれています。ある時は怪人と戦い、ある時は友と語りあう。最後に財宝を手に入れることができるであろうか。そうして読み終わり本を閉じるもその余韻は覚めやらず、また次の冒険の旅へと本を渡り歩いていくことになるに違いありません。ゲーム・ブックとは、ゲームと本がひとつになった今までの本になかった楽しみ方のできる、一人あそびの決定版です。なんていうところがこのテの本の売り口上でしょうか。確かに小中学生のみなさんは目の色変えてやっておりますし、密かにオトーサンがやってみても楽しいものは楽しい。しかし小中学生オトーサンにはそのとおりでも、アルバイトニュースを愛読するお兄さんお姉さんにはちと、浮いて見えるのではないか? そこで今回は青少年のためのゲーム・ブックの概要とその遊び方の紹介であります。

 さてゲーム・ブックは2年前の年末こつ然と姿を現わし、この1年間で約140冊を数えるにいたりました。ところが発展途上、玉石混交、状況混乱、どれをどう選べばいいのか分からない状態です。

 ゲーム・ブックがどういうものかよく知らないならBへ。

 それなりに知っているならCへ。

○○○○B 読者自身が主人公になって、自分だけの『物語』が味わえるのである

 ゲーム・ブックは早い話がYES-NOクイズ(よく雑誌についていて、あなたはどのタイプ? なんて質問とYES-N0の矢印にしたがって進んでいくと、おっとりタイプとか、ぽっちゃりタイプとか書いてあってむっとするやつ)を複雑かつ大長編に仕上げたようなものです。本のなかに複数のストーリー展開が用意してあって、それを読者が随所で選択できる仕掛けになっています。主人公になりきった読者が冒険に旅立ち、やがて二叉路にさしかかると、「二つの道のどちらかに行くか? 右なら×ページへ、左なら××ページにその先の展開が用意してあるからお好きな方を」という感じ。こうなると、普通の小説と違って最初から順を追っては読めません。それに先のストーリーが分からないように内容が意識的にバラバラにしてあるわけです。

 ストーリー展開が、本だけではなく読者の好みによって変わっていく。同じ本であり永人によって全く違ったストーリーを楽しめる。天下の大発明だ。とはいっても、そう複雑多岐なストーリー展開をしているわけでなく(大変な量になってしまうし、うんざりものでついていけなくなる)ほとんどの物語が、財宝を手に入れろ、悪を倒せのパターンです。まあ、今までになかった新鮮で奇妙な読書を楽しめるのは間違いありません。

 しかしこんなゲームの説明だけでは食べもののガイドブックみたいで、どうもむなしい。やはり実際にやってみるのが一番です。そんなわけで、ちょっとしたゲームを用意してみました。

 やってみるなら、Cへ。

 その気がないのなら、退屈な日常へ。

○○ゲーム・ブックの特徴

●本だからもちろん一人であそべてしまう。又、ストーリーが一本でないから数段楽しめる(かもしれない)。

●乱丁本である。たとえば下図(編注:J・H・ブレナン『暗黒城の魔術師』)の78と79の文章を小さいでしょうが無理して読むと繋がっていない。78なら文の最後にある63に続きの文章があるということになります。63の文章をどうしても読みたい場合はこの本を買ってください。

●挿絵がかならずある。何故か必ずはいっています。たいがいはペン画ですが、左図の本(編注:『暗黒城の魔術師』)のように鉛筆画や、マンガなどもあります。だからどうだといった意味はありません。

●やたらに指示が多い。左図の一ページだけでも選択せよ、サイコロを振れと注文が多い。サイコロ代わりに本にサイコロの目を印刷してしまっているものも多い。左図(編注:『暗黒城の魔術師』)だと本の左右上隅にある6、3がそれで、こういった数字が全ページに降ってあり、ぱらぱらめくって止ったページの数を使います。

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C ミニミニ・アドベンチャー・ゲーム劇場「KIOSKの謎」

 やってみるなら1へ行ってさあスタート。そういう気がないのならDへとぶ。

【1】
 北へ向かう一本道を歩いていくと、前方に浮浪者のような老人が倒れている。

 介抱するなら、13へ。
 無視して先を急ぐなら、9へ。

【2】
 やがて二叉路になった。今きた道を含めて三方向に道がのびている。

 東へのびる道を行くなら、6へ。
 西へのびる道を行くなら、23へ。
 南へのびる道を行くなら、5へ。

【3】
 広場にでた。西と北に道がある。はずれの方で紙芝居屋に子供がむらがっている。

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。
 珍しいから紙芝居をみるなら、24へ。

【4】
 いわくありげな薄暗い肉屋の前にでた。のぞきこむと、奥から気味の悪い男がでてきて、「合い言葉は?」と聞いてくる。

 「下さいな」と答えるなら16。
 「天上天下唯我独尊」と答えるなら、21へ。
 「知りません」と正直に答えるなら、26へ。

【5】
 老人の死体が転がっていて地面にスタートと書かれてある場所にきた。つまり、振り出しである。

 死体を揺さぶってみるなら、31。
 引き返すなら、2へ。

【6】
 また二叉路である。今きた道をいれ三方向に道がある。

 東の方の道を行くなら、4へ。
 北の方の道を行くなら、11へ。
 西の方の道を行くなら、2へ。

【7】
 「国鉄甘木駅」と看板がある駅らしい所についた。しかし改札口はシャッターで閉ざされており貼り紙がしてあるのだった。

 貼り紙を読むなら、15へ。
 引き返すなら、14へ。

【8】
「ほほう、難問をよく解いたねえ。おりこうにはごほうびだ」
 紙芝居屋のおじさんはそういってミルクせんべいをくれるのだった。
「今日はこれでおしまいだよ」

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。

【9】
 老人には優しくするものである。1に戻って選び直す。

【10】
 魚肉ソーセージを与えると犬はよろこんでふはふは食べ、前足で口をぬぐり終えると「ここ行けワンワン」とマンホールに吠えるのだった。
 マンホールの蓋を開けて17へ。

【11】
 三つの道の交差点。

 西の道を行くなら、14へ。
 南の曲り道を行くなら、22。
 東の曲り道を行くなら、6へ。

【12】
 三つの道の交差点。黒いマスクをかけた男が背を向けてこれ見よがしに立っている。
 
 男に声をかけてみるなら、28。
 北の道を行くなら、27へ。
 南の道を行くなら、23へ。
 東の道を行くなら、22へ。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p5_200.png

【13】
 老人は紙を押しつけ「わしはもうだめだ。宝はここにある。あとはたのむ。がくっ」と、ことわるまでもなく死んでしまった。紙には「KIOSK」とだけ書かれてある。2へ。

【14】
 三つの道の交差点。

 北の道を行くなら、7へ。
 南の道を行くなら、22へ。
 東の道を行くなら、11へ。

【15】
「定休日」。7へ戻る。

【16】
 肉屋のおやじがにやりとした。「ここんとこ、取締りがきつくてね」奥の棚をごそごそしていたが「ほーれ、こんな上物めったに手に入るもんじゃねえんだ」と目の前に魚肉ソーセージをぶらさげてみせるのだった。「ところでミルクせんべいは持ってるんだろうな?」

 持っていたら、19へ。
 持っていなければ、6へもどる。

【17】
 薄暗い下水道が北の方にまっすぐにのびている。しばらく行くと、二又に分かれた。
 北に行くなら、20へ。
 西に行くなら、18へ。

【18】
 行きどまりに骸骨化した死体がある。壁に「食料も底をついた。もうだめだ。KIOSKはいずこ--昭和9年吉日、山田太郎」とある。

 ぞっとして17へ引きかえす。

【19】
 「よしよし」ソーセージを受け取って、6へ引きかえす。

【20】
 なにか臭い匂いがするぞ。梯子があって上に登れそうだ。

 25へ。

【21】
「お前、サツのまわし者だな? 帰ってくれ!」

6へもどる。

【22】
四つ角。中央のマンホールの上に犬が座っている。

肉の類いを持っているなら10。
東の曲り道を行くなら、11。
西の道を行くなら、12へ。
南の道を行くなら、3へ。
北の道を行くなら、14へ。

【23】
道はカーブして北から南を向くようになり、やがて小高い丘にでた。危なげな物見櫓がある。

のぼってみるなら、29へ。
北に行くなら、13へ。
南に行くなら、2へ。

【24】
 クイズの時間らしく、紙芝居には数字が書かれているのだった。
「この問題が解けるかね」
 11-3+1-9+8=?

 答えの数のセクションへ。

【25】
 出た所は公衆便所のマンホールであった。外にでると、どうやら駅の構内らしい。トイレをでると二又だ。

 西に行くなら、30へ。
 東に行くなら、32へ。

【26】
「うちは会員制なんだ」と追い出されてしまった。

 6へ引き返す。

【27】
 行きどまり。つきあたりの壁に「皆様のKIOSKは駅の中」と訳のわからない広告看板がかかっている。12へもどれ。

【28】
 声をかけると男は「いいもんがあるんですがねえ、イッヒッヒ」と卑屈に笑いながら、「犬を東、それから南、ついでに東へ折れた所に家がありやすからそこで“くださいな”と言うんですぜ」別に従うこともないが覚えとこう。

 12へもどる。

【29】
 下の道には仔犬、紙芝居、駅などが見える。

 おりて、23へもどる。

【30】
 シャッターの降りている改札口に出た、ひきかえせ。25へ。

【31】
 がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがく。気が済んだら2へひきかえせ。

【32】
プラットホームの上にでた。中央にさびれた売店があり、KIOSKの看板。やったぞ、宝はこの中だ。33へ。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p6_400.png

【33】
 KIOSKの売店の中には一冊の雑誌があった。雑誌には『アルバイトニュース』とかいてある。ええと……ゲーム・ブック特集だって? ちょっと読んでみよう。Aにもどる。

○○○○D 失敗しないゲーム・ブックの選び方

●すでにゲームは本選びから始まっている。

○○第1チェック 上面を調べる

 ゲーム・ブックには必ずロールプレイング、シミュレーション、アドベンチャー、などの名称がついているものです。しかし目くそ鼻くそを笑うのたぐいで決定的な違いがあるわけじゃない。ロール・プレイングとついていたらサイコロを使い(偶然性を加えるために使うのです)ゲームのやり方がやや複雑です、しかしストーリーが複雑とは限りません。

 ゲーム的にはこれだけ知っていれば充分。世間的にはロールプレイングの方が本格的といわれているようです。ちょいとむずかしそうな奴にトライしたい方はどうぞ。

○○第2チェック ぱらぱらめくってみる

 めくってみて、END、完、終などの単語がやた目立つものは、本筋から外れた選択をするとすぐに終わり・やり直しになっていて、内容的にうすっぺらで、まだるっこしいだけ。またさし絵がチャチだったりしたらその内容も、ま、おして知るべしでしょうね。

○○第3チェック 冒頭を少し読んでみる

 例えば、遊び方の解説で「シューティングダイスに2ポイント、プラスした結果がLESS4ならドロップする」なんてことがでてきたら、これはつまり「サイコロを振って出た目に2足した数が4以下だったらダメ」ってことにすぎないのだけれど、こんな表現をしたら箔がつくとでも思ってるのか、この手のしちめんどうな言いまわしを、誇らしげに使ってる本がある。内容に自信がない証拠と思って間違いなさそうですね。

○○第4チェック ゲーム少年隊に注目する

 ときに、書店のゲーム・ブックのコーナーにたむろし、かたっぱしから「コレダメ、インチキ、ツマラナイヤ」と大声で品定めし、やがてさっさと消えてしまう少年の一団を見かけることがあります。彼らの意見は、連日のゲーム・ブックできたえてますから、なかなかシビア。本の巻末についている解説文(ゲームに解説文なんているんでしょうかね)などよりはるかに実践的でためになります。目撃する機会があったら聞き耳立てて、できればおうかがいをたててみるといい。

○○最終手段 困った時の神頼み

 それでも決められない場合は、神頼みです。平積みの本の上に10円玉を乗せ、「コックリさんコックリさん、一等おもしろい本を教えてください」ととなえながら、指の動くにまかせます。ぴたっと止まった本があればそれでよし。だめな場合は次のチャンスに期待します。

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■再掲にあたって

 諸事情により、再掲にあたっては一部をカットさせていただいたことをお断りいたします。

 また、本稿は初出時、奥谷春雨名義で発表がなされたことを書き添えておきます。

 加えまして、本稿末尾においては、既存のゲーム・ブックには物足りない読者へ向けて、「ゲーム・ブック的要素を持つ本」として、下記の3作品が紹介されましたことをお知らせいたします(カッコ内の説明文は、キャプションとして添えられたものの引用です)。

・L・ニーヴン&S・バーンズ『ドリーム・パーク』
(ゲームブック的娯楽設備をテーマにしたSF)

・コルターサル『石蹴り遊び』
(選択肢を使ったラテンアメリカ産の実験小説)

・ミシェル・ビュトール『時間割』

 なお現在、『時間割』は、河出文庫で復刊されております。『ドリーム・パーク』と『石蹴り遊び』は入手が難しくなっていますが、図書館や古書店等でアクセスしてみていただけましたら幸いです。(岡和田晃)
時間割 (河出文庫) [文庫] / ミシェル・ビュトール (著); 清水 徹 (翻訳); 河出書房新社 (刊)
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フーゴ・ハル(HUGO HALL)

 国籍は本人にも不明。ゲームブック制作に初期から従事、成り行きで様々な名前を用い、挿し絵、ゲームデザイン、執筆をこなす。主な作品としては『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(編集スタッフとして日本シャーロック・ホームズ大賞受賞)、『アドベンチャーゲームブック・グーニーズ』、『魔城の迷宮』(すべて二見書房)など。また『グレイルクエストシリーズ』、『ドラキュラ城の血闘』(共に創土社)などで挿し絵を担当している。会話型RPG『迷宮キングダム』にもしばしば挿絵で参加。「Role&Roll」Vol.79(アークライト/新紀元社)より、懸賞付きパズルエッセイ「ドナドナ鍋」を連載中。

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■第2部:【コラム】古くて新しい「ブックゲーム」の冒険

 続いて、岡和田晃によるフーゴ・ハルさまのゲームブック作品について論じたコラムをご紹介いたします。

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「ブックゲーム」の冒険――フーゴ・ハル論序説

 岡和田晃

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 かつてゲームブックは、1980年代を代表する新文化の一つとして広く認識されてきた。
再録記事「こんなに楽しいゲームブックの世界」のように、アルバイト情報誌においてゲームブックに関する記事が掲載されたことからみても、当時はゲームブックという形式が社会に大きなインパクトを与えていたことがわかるだろう。

 ゲームブックには、今まであまりゲームに馴染んでこなかった方々へゲーム的な思考法の醍醐味を知ってもらえるという、「本」の形式を活かした独特の強みがあり、あるいは「本」という形式と「ゲーム」の持つ双方向性をハイブリッドすることで、まったく新たな表現が生まれるという楽しみもある。

 そもそもモダニズムを経由した20世紀文学は、さまざまな方法的な実験を為してきている。「こんなに楽しいゲームブックの世界」でフーゴ・ハルが取り上げた『時間割』は、「ヌーヴォー・ロマン」と呼ばれる革新的な文学作品群の代表作として知られている。また『石蹴り遊び』など、ラテンアメリカ文学の興隆は、「ヌーヴォー・ロマン」を始めとした実験文学の影響を強く受けたものであるといえよう。
特に、モダニズムによって屋台骨が形づくられたミステリの分野では、殺人事件の現場に遺された手がかりを読者が実際に手にして捜査が可能なデニス・ホイートリーの『マイアミ沖殺人事件』に見られるように、ゲームブック的な方法論の可能性が模索されてきた。「こんなに楽しいゲームブックの世界」が発表されたまさにその年、日本推理作家協会の編纂になる『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』所収の「推理小説・一九八五」(二上洋一)内において、ゲームブックが評論の対象となっている。この場を借りて紹介してみたい。

 さて、1985年のミステリー界の状況である。
 推理小説のジャンルが拡がったことは、既にここ数年いわれ続けてきたことである。また、推理小説がブームの形で定着し、出版点数の増加と、大衆小説誌の柱として認められることになってからも久しい。この状況は、この年も続いた。
 しかし、読者の側には、気になる変化が生まれ始めた。
 まず、アドヴェンチャー・ゲームブックである。
 年少読者をターゲットにしたものは、冒険活劇や、ファンタジー風の物語が多く、問題にはならないかも知れないが、謎解きゲームブックの「シャーロックホームズ10の怪事件」となると、そう簡単なものではない。
ロンドンの地図やら、住所録があり、実際に事件の現場に立ち合い、真相を推理していく過程は、ストーリー作りに読者も参加しているという満足感を味わわせてくれるものである。
 ついで、パソコン、ファミコンのアドヴェンチャー・ゲームである。「ポートピア連続殺人事件」などは、思考錯誤(原文ママ)をくり返しながら、意外な犯人に辿りつくという、ミステリーの本道に近い作品である。
 アドヴェンチャー・ゲームは、今のところ少年達の間の流行にとどまっているが、ファミコンのハードが六百万台を越えたといわれる現在、推理小説の市場に乱入してくる可能性が皆無とはいえない。
 質のよいアドヴェンチャー・ゲームが出ることによって、推理小説もまた、良質のものが生み出されれば、それに過ぎることはないのだが、変質を強いられたりすると、問題は小さくないと思われる。1986年の重大な課題であろう。

(『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』(日本推理作家協会編、講談社、一九八六年、四〇二~四〇三頁))

 お気づきの方もいるだろうが、本文で評価されている『シャーロック・ホームズ10の怪事件』は、フーゴ・ハル氏が編集スタッフとして大きく関わった作品だ。ドイツ・ゲーム大賞(Spiel des Jahres)およびオリジンズ・アワードを受賞したボックス入りの原作ゲームを書籍形式とし、日本シャーロック・ホームズ大賞を受賞したことで知られる本作は、ロンドンの地図・新聞・住所録などの情報を駆使して読者がホームズその人と知恵比べが可能なギミック、ヴィクトリア朝イングランドの文化風俗を雰囲気たっぷりに再現したこともあり、ミステリの伝統においては『マイアミ沖殺人事件』の系統に属する作品と見ることができる。

 2011年現在、ミステリ作家がプロットを手がけたり、あるいは読者に推理を行なわせたりするゲームは、もはや珍しいものではなくなった。その意味で、ゲームは確実に推理小説を変質させているともいえるかもしれない。ゲームブック的な双方向性の原理がミステリに与える影響はますます大きくなり、1980年代よりもミステリと「ゲーム」の関わりは深まっている。しかしながら、80年代に書かれたミステリ・ゲームブックの傑作群――山口雅也の『13人目の探偵士』、岡嶋二人の『ツァラトゥストラの翼』など――のように、「本」という形式のうえでミステリとゲームを高いレベルで融合させた作品は、2012年1月現在、ほとんど見ないのもまた現実である。

 門倉直人は、「アナログゲームは、その統合感覚的で曖昧模糊とした(現状のデジタルとは全く異質な)強みをもっています。その人の心における非言語な影響力は計り知れません。とっても深いメディアです。」と述べたが(http://analoggamestudies.seesaa.net/article/171968188.html)、紙の本よりもデジタル・メディアでのゲームが低コストで制作できてしまうとも言われる現状において、ゲームブックのあり方を考えるためには、「本」であることの「曖昧模糊とした」意味が、改めて重要性を帯びてくるだろう。

 ゲームブック界のパイオニアであるフーゴ・ハルは、この「本であること」の意義について、最も深い実践的考察を重ねてきたゲームデザイナーの一人だ。
 ゲームブックを語るうえで「本であるべきか、それともゲームであるべきか」という問いかけは、時として「卵が先か、鶏が先か」という虚しい問いにもつながりかねない危険なものである。
 しかしながら、World Wide Webが私たちの生活の隅々にまで浸透し、電子書籍の可能性が積極的に模索されるようになった昨今、ゲームブックの根幹である「本であること」の意義を、改めて考え直す好機でもあるのではないか。

 それゆえ、いまいちどフーゴ・ハルの作品に向き合う必要がある。むろん思いつく限りでも、フーゴ・ハルはさまざまな顔を有した書き手だ。日本のアナログゲーム界を、その草創期から支え続けてきたこの「巨人」の活躍は、とても一言で語れるようなものではない。しかしながら、ゲームブックを語るうえで、フーゴ・ハルの固有名を外せないのもまた事実である。あらゆるゲームブック作家のなかで、おそらくフーゴ・ハルこそが、最も「本」であることにこだわったデザインを続けてきたからだ。

 フーゴ・ハル。ダダイズムの芸術家フーゴ・バルに由来する名を持つ、「国籍不詳」の謎の作家。ハリー・リンド、奥谷春雨・奥谷晴彦・奥谷道草などの多様な名義を駆使し、日々「暗躍」を続けている。
 現在、フーゴ・ハルを知る者の多くは、J・H・ブレナンの人気ゲームブックシリーズ『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)シリーズを彩ったゴシック風の挿絵を通して彼の作品と出会ったのではないかと思う。その『グレイル・クエスト』シリーズや『ドラキュラ城の血闘』などのゲームブック作品は、近年創土社から復刊されている。フーゴ・ハルによる、美麗な表紙画も大きな魅力だ。
暗黒城の魔術師―グレイルクエスト〈01〉 (Adventure Game Novel) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 真崎 義博, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラゴンの洞窟―グレイルクエスト〈02〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); フーゴ ハル (監修); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅 (翻訳); 創土社 (刊)魔界の地下迷宮―グレイルクエスト〈03〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 日向 禅, フーゴハル (翻訳); 創土社 (刊)七つの奇怪群島―グレイルクエスト〈04〉 (Adventure Game Novel グレイルクエスト 4) [単行本] / J.ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅, フーゴ ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラキュラ城の血闘 (ADVENTURE GAME NOVEL) [単行本] / ハービー・ブレナン (著); 高橋 聡, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)

 その他ゲームブック関連では、編集スタッフとして関わった『シャーロック・ホームズ10の怪事件』、『シャーロック・ホームズ 呪われた館』、『シャーロック・ホームズ 死者からの館』などのホームズ・シリーズ(二見書房)、映画とは一味違ったオリジナル・ストーリーでありながら、ゲームブックのあらゆる技巧を駆使し、巻末にはボードゲームまでつけてしまったという『グーニーズ』(二見書房)が知られているが、なんといっても奇書『魔城の迷宮』(二見文庫)は忘れがたい。
 パズル作家としては奥谷晴彦名義を用い、「テレビ・ブロス」誌(九州版、東京ニュース通信社)や「お絵かきパズルランド」誌(白夜書房)での連載、『マジカル3Dパズル――奇想天外150問』(奥谷道草名義、二見文庫)といった作品群を残している。また、パズルという領域にはとらわれないユニークな文業として、「R・P・G」誌(国際通信社)で連載していた、パラグラフ・ジャンプ式の小説ともいうべき「フーゴ・ハルの虚しい口」が印象深い。『迷宮キングダム』のサプリメント「迷宮クロニクル」Vol.7(イエローサブマリン)では(『魔城の迷宮』の後日譚にあたる)小説「ルドスの末裔」といった仕事をなしている。最近では、「Role&Roll」誌(アークライト/新紀元社)で連載中のパズル・エッセイ「ドナドナ鍋」が好評を集めているが、その設問の奇抜さは一見の価値ありだ。
 ボードゲーム作家としてはホビーベース・イエローサブマリンのレーベル「Yellow Hall Collection」にて『hydra』『たぶらか』『POTATOでチョ!』『ALL THE KING’S MEN』『バロンポテトの晩餐会』といった作品を発表。近年では、建築士と『大聖堂』を、金融ウーマンと『シャーク』をといったように、その道の専門家と関係したボードゲームをプレイする「等身大のゲーム」というコラムを「GAME LINK」誌(アークライト)で連載している。
 また、いわば「プロの散歩者」として各種コラムを寄稿。近年は「散歩の達人」誌(交通新聞社)に「グルメの迷宮」を連載している。

 このようにフーゴ・ハルの活動を概観してみたが(*)、やはり近年のフーゴ・ハルの仕事のうち、ゲームブック作家としての個性が最も意欲的な形で表出されているのは『モービィ・リップからの脱出』、『虹河の大冒険』の2冊(ともに新紀元社)に尽きるだろう。これらは、会話型RPG(TRPG)『迷宮キングダム』の世界観をベースにしているため、『迷宮キングダム』の入門用としても活用することが可能だ。しかし単にRPGをゲームブックに落としたものとは異なり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は新たな試みが多数、盛り込まれている。つまり「ゲームブック」ならぬ「ブックゲーム」として、通常のゲームブックよりも「本」であることに、より重きを置いたつくりになっているのだ。
 これらの作品は、それぞれ独立したアドベンチャーとして楽しむことができるものの、ある程度共通した設計思想、ひとつのシリーズとしてみてもかまわないような仕組みを持っている。そこで、『モービィ・リップからの脱出』や、刊行されたばかりの『虹河の大冒険』の特徴を詳しく見ていきたい。
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)

▼『モービィ・リップからの脱出』『虹河の大冒険』の特徴

●1:表紙から冒険は始まっている!

『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』の表紙には……。

・どんな冒険が待ち受けているのか慎重に調べてみる→25ページの一四へ
・とりあえず大冒険しちゃった事にして済ませておく→254ページの二三〇へ

 という選択肢が示されている(引用は『虹河の大冒険』より)。思わぬ不意打ちに、読者はあっと驚くことだろうが、何よりも素晴しいのは、この本が間違いなく「ゲームブック」であると、表紙の段階から全力で主張していることだ。表紙の段階からすでに「ゲーム」になっていることは、「本を手にとって開く」というプロセスに、一種の魔力を付与している。仕掛け絵本のようなワクワク感も備わっている。また、主人公が「君であって君ではない」ギミックも秀逸。

●2:「本」とゲームシステムが一体化

『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、サイコロやキャラクターシートを使用しない。ゲームシステムやツールと「本」そのものが一体化しているからだ。これまでのゲームブックの多くは、シートやサイコロを使って数値管理や判定を行なうものが大半だった。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、アイテムが手に入ったり仲間が増えたりすることによるステータスの変動は、該当のページに折り目を付けることで処理を行なう。
 もちろんゲームブックらしく戦闘も用意されているが、基本的に読者がある数字を思い浮かべ、それによって戦闘結果が変動するようになっているので、サイコロは使用せずに済む。さらに言えば、この戦闘法ならではの「コツ」も用意されている!
 肝心のヒット・ポイント管理は、該当する数値の箇所にしおりを差し挟むことで処理をするので参照も簡単、煩雑さはまったくない。何よりこのシステムには、仕掛け絵本とゲームが融合したような面白さがある。そのうえで、通勤電車などの移動中に『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』をプレイすることも可能なのだ! 筆者はこれまで、ゲームブックを遊ぶ際には机に方眼紙とパラグラフ経過をメモする紙とサイコロを用意し、「遊ぶぞ!」と念を入れてからプレイしていたが、これならより気軽にゲームブックに親しむことができる。

●3:パラグラフとマップの融合

『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、パラグラフ数では『モービィ・リップからの脱出』が270、『虹河の大冒険』が230パラグラフとなっている。ゲームブックの代表的シリーズである『ファイティング・ファンタジー』シリーズが平均400パラグラフで構成されているところからみると、やや物足りなく思われる向きもあるかもしれない。しかしながら、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は縦長の新書サイズ(256ページ)という様式を活かし、紙面を上下に分割することで、パラグラフ数から考えると信じられないほどの奥行きをもたらすことに成功している。

『モービィ・リップからの脱出』では白鯨の体内から脱出する過程が、『虹河の大冒険』では小鬼たちを襲った脅威の原因を探るため虹河を遡って源流へと向かう過程が、それぞれマップとして提示されている。ゲームブックにおけるダンジョン探索や野外探検は、読者が方眼紙などを片手にマッピングを行なうことが前提とされている作品が大半だ。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、本文上部に舞台のマップが迷路を描いた絵本のような形で提示され、それを辿ることで冒険を進めていくことで、マッピングの手間が省かれている。かといってただの迷路絵本のように地図を辿って終わりというわけではなく、イベントの発生する箇所が指定され、そこから特定のパラグラフへジャンプすることで、マップとパラグラフ選択がうまくドッキングされているのだ。さらに、迷路がページ単位で細分化されているのを利用して、時折前のページのマップに戻ろうとすると、別ページに戻されてしまい、道筋が変化するという仕掛けまでもが施されている。

『モービィ・リップからの脱出』では、迷路が白鯨の体内であるため、身体の各部位に関係したイベントが設定されている。さらには、途中でワープゾーンを駆使したマップがすら用意されている。『虹河の大冒険』では、7色よりなる「虹河」が舞台となっているため、オレンジ・黄色・緑……。と、河の色が移り変わるごとに、雰囲気の異なる7種類の世界を冒険することが可能だ。こうした工夫によってマッピングの手間が省かれるとともに、迷路絵本とパラグラフ・ジャンプが合体した新感覚の読書体験を得ることができる。『虹色の大冒険』にいたっては、より手軽に冒険ができるようにと「休憩セクション」が設けられている。これも、単なるセーヴ・ポイントではわけではなく、きちんと物語世界に関係した仕掛けが施されている。

●4:洗練された贅沢なユーモア

「ピップ、ピップ、ピップ!」という呼びかけでお馴染みの『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)をお読みの方なら、そのモンティ・パイソン流ともいうべき、英国風ユーモアのセンスに脱帽したことだろう。このアイリッシュ・モルトのようなユーモアは、グレイル・クエストの作者であるJ・H・ブレナンのみならず、挿絵と翻訳作業にたずさわったフーゴ・ハルも多分に持ち合わせているものであり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』でも顕在だ。監修と解説を担当した河嶋陶一朗曰く「脱力系ギャグ」。だが、ボケのセンスは一級品で、読み手をやるせない気分へ誘ったり、煙に巻いたりするのはまだまだ序の口。ユーモアの中に、こっそり冒険のヒントを入れ込んだりもするのだから油断できない。

 まだフーゴ・ハルのユーモアへ触れたことがない方へ、私が好きなユーモアを一つ挙げるとしたら、やはり『モービィ・リップからの脱出』のパラグラフ「一」になるだろうか。なんとなく『不思議の国のアリス』の冒頭部を思わせるこの「超展開」、ゲームブックならではの「振り回されている感」が堪能できるのだ。単にユーモアが羅列されているのではなく、このユーモアは世界観やゲーム・システムとの関わりを持つことで、「本」のページを繰る喜びをいっそう増幅させてくれる仕掛けになっている。かつて刊行されたゲームブックの中には、「読み物」としての意識が低い作品も少なくなかったが、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、何よりもまず「読み物」としてのサービス性精神に溢れた書物となっているのだ。

●5:間テクスト性

 文芸批評の概念に「間テクスト性」というものがある。もともと批評家のジュリア・クリステヴァが提唱したこの概念には、さまざまな解釈が寄せられてきた。だが、ごく簡単に私見を述べれば「あるテクスト、すなわち『本』は、それ自体が単独で存在しているわけではない」というのがその要諦であろう。
 しかるべき文脈の内に置かれてはじめて、テクストは存在することを許される。あらゆるテクストは、何かしら別のテクストの影響下にあり、濃密な関連性を有している。その関連性を解きほぐし、読書の快楽を増幅させるために用いられるのが「間テクスト性」という用語だったのではないかと思うのだ。
 たとえば『アルテウスの復讐』『ミノス王の宮廷』『冒険者の帰還』の「ギリシア神話アドベンチャーゲーム三部作」は、ホメロスの『オデュッセイア』などの叙事詩や悲劇と密接な連関性を持ち、とりわけ『冒険者の帰還』においては、『オデュッセイア』の読み替えともいうべき、驚くべき離れ業を見せていた。これらの作品で描かれていた事象が、神話や叙事詩といかなる関係を有していたのかを踏み込んで考えるためには、「間テクスト性」にまつわる言説が役に立つだろう。

 そもそも背景世界として採用された『迷宮キングダム』自体が、映画やゲームなどのパロディやオマージュが豊富に盛り込まれた作品ということもあり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』にも、いかなる「間テクスト性」があるのかと、読者の分析欲を誘発させるような小ネタがたっぷりと盛り込まれている。
膨大な量になるので『虹河の大冒険』に限ってみれば……。

 ・〈バナナフィッシュ号〉→サリンジャーの短編小説「バナナフィッシュにうってつけの日々」より。
・デパート・デ・ニトロ王→『タクシードライバー』などで知られるアメリカの俳優ロバート・デ・ニーロより。
・「荷馬車に乗った」ガイラと「冬の海辺で岩投げる」サンダ→映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』より。
・青い河一帯に暮らすスキアポデス人→プリニウスの『博物誌』に登場する一本足人より。
・「人生は歩きまわる影法師、あわれな役者よ!」→シェイクスピアの戯曲『マクベス』第5幕5場の台詞より。

 ……などなど、盛りだくさんだ。よかったらどれだけのネタがあるか、探してみてほしい。
 もちろん、これらは単なるもじりであって、あまり鹿爪らしく分析するほど御大層なものではないかもしれない。しかし、仮にもじりに終わるものだとしても、単なるもじりのレベルに留まらない可能性は、常に残されているのではなかろうか。『モービィ・リップからの脱出』というタイトルは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』が下敷きになっている。『白鯨』は、近代文学最大の謎の一つとして、時代とともにさまざまな解釈を読む者に与えてきた。冒険の舞台たる白鯨からの脱出ルートはいくつか残されているが、そのことの意味を、少し考えてみてはいかがだろうか。『モービィ・リップからの脱出』のラスト付近で、読者はエイブルハム船長の秘密に直面した読者は、タイトルに絡められた「ひっかけ」の悲哀を感じとることだろう。
 また、『虹河の大冒険』のクライマックスでは、読者は狂気の画家「ヒューゴ・ヘル」と対峙することになる。「ヒューゴ・ヘル」は、パブロ・ピカソの『ゲルニカ』のモチーフにしたと思しき地獄絵『ヘルニカ』を、おぞましいやり方で描き上げていた。憎悪に満ちた『ヘルニカ』を退けるため、読者は通常の読書にあたっては、まず行なうことのない大掛かりな操作を「本」そのものに加えねばならないのだ……。その後、『ヘルニカ』が本来どのような絵画であったのかを知った時、読者は「サクーシャ神」の意図を知り、にっこりと微笑むことになるだろう。

 ところで、ここでいったん、フーゴ・ハルの代表作『魔城の迷宮』へ目を向けてみよう。
『魔城の迷宮』は、14世紀アラブの商人ハーマン・オクトーネの旅行記『東方の神秘』に記されていたという、タクラマカン砂漠に聳え立つ壮大な都市「ルドス」の姿を――数百枚ものペン画を費やし――見事「本という形のゲーム」という様式にて現前させたものだった。
 なぜ、このような様式が必要だったのか。「信濃毎日新聞」1989年4月12日号に、『魔城の迷宮』についての書評が掲載されている。評者の近藤功司は『魔城の迷宮』を文芸的なストーリー・ゲームとしてとらえ、「魅力的なストーリーを用意し、それを表現・演出するためにゲームを使ったもの」と論じている。つまり近藤功司は「ブックゲーム」の狙いを、鋭く見抜いていたのだ。
 20世紀イタリアの作家イタロ・カルヴィーノに、マルコ・ポーロがフビライ・ハンに架空の都市について話して聞かせる『見えない都市』という小説作品がある。文芸的なストーリーゲームとしては、『魔城の迷宮』は、『見えない都市』のヴィジュアル化ともいうべき作品になるだろうが、それに留まらない魅力と遊び心を兼ね備えている。『魔城の迷宮』の舞台である架空都市「ルドス」は、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』に登場する遊びの分類(ルドゥース、努力や技倆によって目標へ到達する遊び)に由来しているが、これほど迷宮を彷徨う愉悦を端的に表した言葉もないだろう。カルヴィーノの達成を下敷きにしつつ、ゲームならではの眩惑的スタイルをもって「架空の都市」を描出すること。それが『魔城の迷宮』という「テクストの冒険」なのかもしれない。
そして『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』もまた――『魔城の迷宮』の系譜に連なる――めくるめく書物(テクスト)の迷宮へ誘う「間テクスト性」に満ちた作品であるのは間違いない。冒険を楽しんだ後は、作中に出てきた別の本を紐解き、さらなる「テクストの冒険」に乗り出すというのはいかがだろう?
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)

●終わりに

 以上、最新型のゲームブックとして『モービィ・リップからの脱出』および『虹河の大冒険』の特色、すなわち「ブックゲーム」の新しさを簡単ながら紹介してきた。
 アナログゲームは、デジタルゲームのように目に見えるインターフェースの進歩が見られないため、どのように進歩しているのかが見えづらい。ルドロジー(ゲーム学)的な考え方では、まず、パズルとゲームを区分するが、フーゴ・ハルの試みを「ゲーム」という双方向性を基軸とした観点で考えれば、彼が行なってきた試行錯誤は、「本」と読者の新鮮で幸福な関係を模索するものだったといえるのではないか。
 ぜひ、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』に触れ、ゲームブックのニューウェーヴを体感していただきたい。それとともに「本」と「ゲーム」のよりよい関係について、いまいちど、考えを巡らせていただけたら幸甚だ。

 近年、ショーン・タンの『アライバル』や、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』などの“文字のない絵本”が注目を集めている。これらの“文字のない絵本”はもまた、フーゴ・ハルのいう「ブックゲーム」、すなわち古くて新しい「ゲームブック」の範疇に含まれるだろう。フーゴ・ハルには『羊とともに眠る本』(ブライアン・ログウッド名義、二見書房)という共同制作作品もあるのだが、日本におけるアナログゲームの黎明期から「ゲームブックとは何か」を一貫して実践的に考えぬいてきたフーゴ・ハルは、常に「ゲームブック」の原理を見つめ、その数歩先を幻視していたのではなかろうか。
 ミステリ作家の泡坂妻夫は記述内容と「本」そのものが同時に入れ子構造を為している『しあわせの書』、袋とじを閉じたままで読むと短編として読め、袋とじを開くと長篇が現前する『生者と死者』など、超絶技巧を駆使して「読書行為」そのものを思考実験とした。実際、国産ミステリの文脈においてフーゴ・ハルの仕事は、泡坂妻夫作品の流れで読み直すことも可能であろう。
 今後もAnalog Game Studiesでは、フーゴ・ハルの仕事を紹介していきながら、ゲームと文学のよりよい関係について、考えを深めていきたいと考えている。ご期待いただきたい。「本」があり、それを読む者がいる限り、ゲームブック作家・フーゴ・ハルの冒険は終わらないのだ。
最後に、フーゴ・ハル氏から今回の特集にあたって、コメントをいただいたのでご紹介し、締めの言葉に替えさせていただこう。

 ささやかな実験読書的な快楽を忍ばせた自作ゲームブックの数々が、何らかの意義を持ち得るとすれば、それは、作者に帰因する以上に、フーゴ・ハルを再発見したAGSの諸氏、および我が国のゲーム文化の熟成に負う所が大きい。
時代と、時代の招いた思慮深い遊び手たちに感謝する次第である。――HUGO HALL

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(*)むろんフーゴ・ハル氏の仕事の幅は、この範囲に留まらない。詳しくは氏のホームページの「プロフィール」を参照。その驚くべき経歴の一端を知ることができる。

※『マイアミ沖殺人事件』をご教示いただいたミステリ作家・評論家・翻訳家の小森健太朗さま、そして「推理小説・一九八五」についてご教示いただいた渡邊利道さま(第7回日本SF評論賞優秀賞)に、この場を借りて感謝します。

※2011/01/16 一部修正、および再修正(読者からのご指摘をいただきました、感謝します)。

【レビュー】門倉直人『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉(ことのは)の魔法~』(付記:SF乱学講座「日本昔話「昔々、あるところでポストヒューマンが……」――その後の日本神話とデジタル物理学から」のお知らせ)

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【レビュー】門倉直人『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉(ことのは)の魔法~』(付記:SF乱学講座「日本昔話「昔々、あるところでポストヒューマンが……」――その後の日本神話とデジタル物理学から」のお知らせ)

 公成文 

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シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉の魔法~ [単行本] / 門倉 直人 (著); 緒方 剛志 (イラスト); 新紀元社 (刊)

 日常には、今も魔法が潜んでいる。

 朝松健の著作であったと思うのだが、あらゆる魔術の根源的要諦は「現実と寸分たがわぬヴィジョン」を創り上げることだ、という主旨のことをどこかで読んだ。そのような〈ヴィジョン〉を駆使することで、「現実」を随意に操作出来るものという。我々の知る魔術の儀式や道具立ては、〈ヴィジョン〉を現実に近づけるための、いわば方便であり補強であるらしい。これは、裏を返せば、〈ヴィジョン〉の構築に寄与すれば、何ごとによらず、「魔術」の道具であることを意味する。世の中には、ソードやワンドのような魔術師の道具が、人知れず蹲(うずくま)っているのである。                   
The Original Rider Waite Tarot Pack [カード] / Arthur Edward Waite (著); United States Games Systems (刊)                

 そして多分「言葉」こそは、そのような道具の筆頭である。人が何かを思い浮かべる時、多くは「言葉」による補強を受ける。我々が“運命”・“虚数”・“未来”と呼ぶ実体のないものまで〈ヴィジョン〉の内に収められるのも、言葉の力ゆえだ。

 「言葉」こそは、我々の世界を“世界らしく”在らしめている強力な魔法の道具なのである。

 すると、「言葉」によって〈ヴィジョン〉を細密に描き出し、その世界をありありと体感しようとする点で、RPGという行ないもまた、魔術の別名に他ならないということになる。

 勿論、その担い手達がどれほどRPGの魔術的側面を意識していたかは、別であるとしても。実際、キャラクター達に願望を仮託して遊んでいたつもりで、その実、そのことがそのまま魔術であったなどということは、普段想像すらすまい。

 だがここに、RPGのこのような側面をあやつる、一人の「魔術師」がいる。

 門倉直人氏である。

 門倉氏といえば、初の国産ファンタジーRPGシステム『ローズ・トゥ・ロード』を世に送り出し、以後もRPG界のトップランナーで在り続けている「常なる先駆者」であり、いまさら本稿の筆者が喋々するのも憚られる、いわば「顔」の一人である。       

 その門倉氏の代表作の一つ『ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード』(Bローズ)の、あの「マジックイメージ」を駆使した魔法システムは、言うなれば「記号」を用いた〈ヴィジョン〉の構築をその原理としている。「言葉」もやはり「記号」の一部であるから、Bローズも、先程来述べてきたような魔術のあり方と直結すると言って良い。また最近作『ローズ・トゥ・ロード』(Wローズ)は、これ正しく、言葉と〈ヴィジョン〉の魔術が、そのままRPGと化したかのようなシステムである。

ローズ・トゥ・ロード (ログインテーブルトークRPGシリーズ) [大型本] / 門倉 直人 (著); エンターブレイン (刊)

 すなわち、ともどもに魔術的産物であって、我々はこれらのプレイを通して、本当に「魔術師の弟子」として振舞っていたということになるのである。それと悟らず(悟らせず)、知らず知らずに。

               
 さてそうなると、気になるのは、このような門倉氏の仕掛けた魔法を深く、しかも「魔術師」の地平から見つめる術はないのか、ということである。我々は今までその片鱗を、意識せずに垣間見てきたに過ぎないが、意識的にそれを観察すれば、その秘訣を盗みとることが出来るかもしれないからである。そもそも、己の知らぬ魔法を知りたい・使いたいという強い欲求は、「魔術師の弟子」として素直で自然なものではないだろうか?

魔法使いの弟子 (ちくま文庫) [文庫] / ロード ダンセイニ (著); Lord Dunsany (原著); 荒俣 宏 (翻訳); 筑摩書房 (刊)

 それを叶える書物がある。門倉氏の新著『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか~言葉の魔法~』である。                  

 門倉氏は同書で、「時」とそれに連なる魔法を通して、日常の中に今も潜む魔法の姿を鮮やかに解き明かしている。考えてみると、「魔法」のわざを見るのに、これほど適した題材もそうはない。                
 そもそも時は元来切れ目のない一筋のつらなりである。年・月・日、春・夏・秋・冬といった時の区分は、あくまで人間側の都合で切りわけた〈ヴィジョン〉であって、その分ほんのささいなことで簡単にうつろってしまう。  

 そこで仮設した〈ヴィジョン〉がうつろわぬよう、言葉とイメージとをより強く散りばめるために、いわば〈ヴィジョン〉をつなぎとめる〈アンカー〉として、年中行事や記念日が設けられ、旬や風物が選び取られてゆく。日頃意識こそしないが、そうやって我々の周りに魔法が張り巡らされることで、「時」は保たれているのである。自然、「時」の周囲を掘り起こせば、隠れた魔法の姿が見えてくる。

 例えば、冬の章「豆」の段。門倉氏はいにしえ以来設けられてきた「年」の切れ目(新暦旧暦それぞれ二回の正月と小正月、節分)が一年に「年越し」を5回(!)もたらしていることを指摘する。さらにそれらを聖別し、安定させる<アンカー>として「豆」――節分の「豆」、小正月の「小豆粥」、おせち料理の「黒豆」――が用いられていること、しかもそれが西洋のトゥエルフス・ナイトとトゥエルフス・ケーキの関係にも共通して言えることを述べている。これらの事象の裏には、本来夏至や冬至に比して体感しづらくうつろいやすい「年」の切れ目を、「豆」の力に依って保守しようとしてきた人間たちの営為が窺われるであろう。

 あるいは、全巻の冒頭、春の巻「花見の魔法」の段。門倉氏は白川静や高崎正秀の説を引きながら、「サクラ」という名の語源を、「サ(田・稲の神霊)」あるいは「サ(然=それ=名無き大いなる神霊)」の「クラ(座=依ります所)」というあり方に求める。その上で、桜を眺めそれと交わる花見のうちに、新たな年の豊穣を噛み締める「命」の祭としての側面を見出し、「生も死も、人も木も、一切を溶けあわせ精霊化する」という「花見の魔法」の存在を説いている。

 また、秋の章「トミノの地獄」の段で門倉氏は、口に出して唱えると死期を早めると巷で囁かれてきた西条八十の同名の詩を繙き、そこにちりばめられた「魔的象徴」の秘密を探っている。一見、「時」と関わりないように見えるこの段、実はこの詩の象徴の背景を手繰ってゆくと、その裏に潜む、ある「時」の魔法が浮かび上がってくる…という構成になっていて、タイトルに据えられるべきその「時」の魔法は、あえて段名に謳われていない。取り上げられた詩は口に出してはならず、「時」の魔法は密やかに示されるのみ。これは、J.K.ローリング『ハリーポッター』シリーズにおいて、魔法使い達が「例のあの人」「名前を言ってはいけないあの人」等と闇の帝王の名を口にしないのに似る。言葉は時として悪しき世界すら現前させるがゆえに、用いてはならぬこともあるのである。

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1 (1枚組) [DVD] / ダニエル・ラドクリフ, ルパート・グリント, エマ・ワトソン (出演); デヴィッド・イェーツ (監督)

 このように、人間が「時」を巡らす/廻らすためにいかなる魔法を使い、それがどのように組み上げられ、その中で生きてきたかを、門倉氏は4章30段にわたって、詳細に明らかにしている。大魔導師の面目躍如であろう。卒業論文や文芸批評であれば、30段のうちの1段でも半段でも探れば、一本書けてしまえるような、ある意味で非常に危険な一書。RPGのセッションやらシステムやらの種ならば、一生分が篭められているような、実に眩い一冊である。

 ただし、弟子たちよ、心せよ。何しろ大いなる魔術師が力を注いだ本である。伝え聞くところによると、魔術師たちは、秘伝を記す時、初学者が使い方を誤らぬように、全てを明かさぬものという。     

 例えば、本稿の筆者の辿り得たところで言えば、先程も述べた、「豆」の段。実は門倉氏が同書の中で多く引く『今昔物語集』の中に、「霊」を「打蒔ノ米」(=米まき)で撃退した話がある。ここにキョンシー映画でのもち米のあり方や、結婚式のライスシャワーの存在などを考え合わせると「豆まき」にならぶ「米まき」、もっというならばそれらを包み込む「五穀」の魔法の系譜が想像されるが、それについてはいまだ詳らかにはされていない。

 どうやら、先に触れた「トミノの地獄」の段での隠し題同様、うかつに読み手が手をつけて、後々害にならぬよう、門倉氏が意図的にその奥義を明らかにしていないところが、あちらこちらにあるものらしい。

 本を手引きにより深く探っていくことで、初めて門倉氏の地平にたどり着く。そのように、同書は作られているのであろう。

ファンタジア スペシャル・エディション [DVD] / ディズニー (プロデュース); ベン・シャープスティーン (監督)

 同書は、現代の奇書である。同書を繙き門倉氏の仕掛けた魔法を味わえば、きっと、俗塵に染まった耳目を洗い濯ぎ、新たな「世界」とその魅力を発見することになるだろう。それは一種の生きる力の復活を意味する。      

 そして、多分そのような生きる力を蘇らせることこそが、古代の人々が「四海安かれ、四時安かれ」と願った、その思いと祈りとを引継ぎ、次代に伝えていくことにつながってゆくのではないか-とは、本稿の筆者が、規模小なりとはいいながら、未だ安らかならざる被災の地に住むために思う、僻事であろうか。 

 ともあれ、このような奇書が世に現れたのは誠に慶事である。本稿の筆者の怠慢ゆえ、あまりにも紹介の遅きに失した次第であるが、なに、この本の価値は、そのようなことで揺らぎはしない。今は諸共に、この新たなる名著の出現を言祝ごうではないか。

シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉の魔法~ [単行本] / 門倉 直人 (著); 緒方 剛志 (イラスト); 新紀元社 (刊)

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 門倉直人さまの講演会が、来る10月2日に東京・高井戸で開催されます(SF乱学講座10月の回)。もと遊演体代表、小泉雅也さまとの共同講演となります。

※SF乱学講座は、40年の伝統がある市民講座で、誰でも聴講が可能です。事前予約も不要ですので、直接会場へお越しください。

 来月号の「SFマガジン」、そしてSF乱学講座ホームページにて告知文が掲載される予定ですが、Analog Game Studiesをお読みの方へ、お先にお知らせいたします。

SF乱学講座10月の予定

10月2日(日)

タイトル:日本昔話「昔々、あるところでポストヒューマンが……」――その後の日本神話とデジタル物理学から

講師:門倉直人氏(遊戯創作/文筆業)、小泉雅也氏(元遊演体代表)

参考図書:門倉直人著『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか』(新紀元社)、竹内薫著『世界が変わる現代物理学』(ちくま新書)
シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉の魔法~ [単行本] / 門倉 直人 (著); 緒方 剛志 (イラスト); 新紀元社 (刊)世界が変わる現代物理学 (ちくま新書) [新書] / 竹内 薫 (著); 筑摩書房 (刊)

開催日時:2011年10月2日 日曜日 午後6時15分~8時15分
参加費 :千円
会場  :高井戸地域区民センター3F

http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5302/



★『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか』のもととなった記事が連載されていた「Role&Roll」誌公式Twitterでご紹介いただきました!
※2011/8/30 一部内容ミスのご指摘を受け、修正。

ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その6)

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ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その6)

 朱鷺田祐介

当ブログAnalog Game Studies(AGS)は『エクリプス・フェイズ』(または『イクリプス・フェイズ』)公式サイト(Homepage | Eclipse Phase)で承認されているファンサイト(Fan Websites)の一つです(http://eclipsephase.com/resources )。

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第5回はこちらで読めます。

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 「エクリプス・フェイズ」の紹介その6は、戦闘の話。

 この連載は、7/30の「Eclipse Phase体験会@R&Rステーション」でGMするための、復習的なものです。7/16-18の北海道遠征@多彩の渦コンベンションにも持ち込む予定なので、夜の部あたりで遊べればと思っております。という訳で出かける前の最後の更新(編注:本稿は朱鷺田祐介氏のウェブログ「黒い森の祠」からの転載であるため、初出時の時事的内容については、再掲の際にずれが生じる場合があります。あらかじめご了承ください)。


●戦闘

 「エクリプス・フェイズ」でもしばしば戦闘が起こりますが、それはハードなものです。いかに技術が発達し、義体を乗り換えられるようになっても、武器も発達しますから、容易に無力化されますし、ましてや、真空の宇宙ではさまざまな状況がそのまま、死に結びつきます。

 「エクリプス・フェイズ」の戦闘の感覚は、比較的、「シャドウラン4th」に似ています。
 アクション・ターンは3秒。通常、1回の行動ですが、インプラント(改造)や戦闘ドラッグや何かで複数回動ける可能性があります。行動の順番は「イニシアティブ+d100」の高い順となります。

 攻撃の手順は対抗テストです(判定をテストと呼びます)。
 防御側の対応は攻撃の種類で異なります。

 

  格闘(Melee):回避(Fray)、または格闘
射撃(Shooting):回避の半分。
超能力(Psi):意志(Will)×2。



 ダメージは攻撃によって、「エネルギー(Energy)」「物理(Kinetic)」「その他」に分かれます。防具には、「エネルギー(Energy)」「物理(Kinetic)」の二種類の装甲値があり、それぞれの攻撃に対応し、ダメージを軽減します。我々が知っている、鉛玉が飛び出すような銃器は、実体弾兵器(英語ではKinetic Weapon(物理兵器))に分類され、白兵戦武器などと同様に、「物理」に分類されます。

 「エクリプス・フェイズ」は、HP制に近いシステムですが、負傷の概念があり、ダメージを受けると、ペナルティが累積していきます。基本的に、%ロールの修正が10%単位で積み重なると思ってください。

・一度に受けたダメージが、負傷値(Wound Threshold)以上ならば、負傷(Wound)を受ける。数は「ダメージ÷負傷値」(端数切捨て)、負傷1個あたり、-10の修正を受ける。蓄積したダメージが耐久値(Durability)以上になると、その義体は行動不能となり、致死値(Death Rating)以上になると完全に殺され、修復できない。

・精神的なストレスにも、同様のものがあり、一度に受けた精神的なストレスがトラウマ値(Trauma Threshold)以上なら、精神的な負傷に当たるトラウマを追う。数は「ストレス÷トラウマ値」(端数切捨て)、トラウマ1個あたり、-10の修正を受ける。蓄積したストレスが理性値(Lucidity)以上になると、行動不能、あるいは一時的な発狂となり、発狂値(Insane Rating)以上になると、完全に発狂し、もはや回復しない。

 イベント前の更新はここまで。
 次は来週後半になると思います。

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第7回はこちらで読めます。

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朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)
 TRPGデザイナー、ライター。スザク・ゲームズ代表。『シャドウラン4th Edition』の翻訳をシャドウランナーズとともに務める。代表作は『ブルーローズ・ネクサス』、『深淵 第二版』(ともにエンターブレイン)、『真・女神転生TRPG 魔都東京200X』(ジャイブ)など。TRPG以外の著作に『クトゥルフ神話ガイドブック』、『超古代文明』など(すべて新紀元社)。
 (『シャドウラン4th Editionリプレイ 旅する天使たち』新紀元社、2010より)

ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その4)

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ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その4)

 朱鷺田祐介

当ブログAnalog Game Studies(AGS)は『エクリプス・フェイズ』(または『イクリプス・フェイズ』)公式サイト(Homepage | Eclipse Phase)で承認されているファンサイト(Fan Websites)の一つです(http://eclipsephase.com/resources )。

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第3回はこちらで読めます。


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 週末に向けての準備と仕事の都合があるので、まとめて更新(編注:本稿は朱鷺田祐介氏のウェブログ「黒い森の祠」からの転載であるため、初出時の時事的内容については、再掲の際にずれが生じる場合があります。あらかじめご了承ください)。

 「エクリプス・フェイズ」の紹介その4は、キャラクター関係。

 この連載は、7/30の「Eclipse Phase体験会@R&Rステーション」でGMするための、復習的なものです。7/16-18の北海道遠征@多彩の渦コンベンションにも持ち込む予定なので、夜の部あたりで遊べればと思っております。そのためにも、キャラクター関係まで紹介してしまいます。


●キャラクター

 では、「エクリプス・フェイズ」では、どんなキャラクターが出来るのでしょうか?

 「エクリプス・フェイズ」の世界は、広大な太陽系であり、太陽のフレアの内部から、小惑星帯を越え、多数の月がある木星系、土星系、さらには、冥王星の彼方まで広がっており、それぞれが独自の文化や思想を持っています。旧弊な独裁国家もあれば、テラフォーミング中の火星の荒野に暮らす開拓農民、不老不死を得たセレブ、アナーキストの宇宙海賊、知性化されたタコやAIもいます。〈大破壊(The Fall)〉の際に、肉体を失い、デジタル化された「魂(Ego)」だけ逃げてきたまま、まだ、肉体を獲得できない「情報体の難民(Info-Refuge」もいます。

 SF-TRPGの常で、本当にとんでもなく、さまざまなキャラクターができます。
 その上、「エクリプス・フェイズ」のキャラクター作成は、1000ポイントで、能力値や特徴、装備や設定などを購入する完全構築型なので、ある意味、そのようなキャラクターでも作れます。
 例えば、サプリメント「Sunward」には、太陽のコロナの中を泳ぐ、宇宙鯨型の義体を持つキャラクター「Solarian Researcher」(ソラリアの研究者)がいますが、まあ、シナリオのPCにするにはなかなか覚悟がいりますね。

 そこで、手がかりになるのが、基本ルールブックのサンプル・キャラクターです。以下、ざっとをざっと紹介しますので、これで「エクリプス・フェイズ」のイメージが少しでもご理解いただければありがたいです。なお、訳語、解説につきましては、あくまでも、朱鷺田の私的なものですので、ご理解ください。

 また、これらのサンプル・キャラクターの中には、「ファイアウォール」との相性が悪いように見えるものもいますので、GMはシナリオに合わせて、取捨選択をするとよいでしょう。

 イラストは、ルールブックを参照してください。


●サンプル・キャラクター一覧

Anarchist Techie アナーキスト・テッキー
宇宙での機械技術者。無重力環境に適応するため、足が手になっているモーフを使用する。アナーキスト、すなわち、無政府主義勢力は、太陽系各地にいて、政府や国家体制に頼らない生き方を求めている。

イラストは「イーオン・フラックス」に出てくる相棒の雰囲気がありますが、そこまで武闘派ではなく、基本的に、技術職です。

Argonaut Xenoarcheologist アルゴノーツの異星考古学者
異星人の遺跡や遺物を研究する考古学者。アルゴノーツは科学技術推進派の科学者勢力。

Barsoomian Freelance Journalist バルスームのフリーランス・ジャーナリスト
火星独立派のフリージャーナリスト。
バルスームは昔のSF(E・R・バローズの「火星」シリーズ)における火星のことで、現在は、ハイパーコープに搾取されている下層開拓民などの主権獲得などを目指している。

Brinker Genehacker 境界民のジーン・ハッカー
太陽系辺境域で遺伝子をいじるマッド気味の遺伝子工学者で、モーフ・デザイナー。
境界民(ブリンカー)とは、太陽系外縁部などに孤立して住み、独自のライフスタイルを守るため、社会国家から距離を置いている人々の総称。

Criminal Hacker 犯罪社のハッカー
スリル好きのハッカー。
義体は群体モーフ(スワームノイド)で虫の群れのように見える。ルール上、群体として扱う。

Extropian Smuggler エクストロピアの密輸人
小惑星帯にあり、外惑星系と内惑星圏の両方に顔が利く自由商業ハビタット「エクストロピア」からやってきた、密輸業者。
下半身がヘビ型のスリザロイドという、機械式モーフを使用している。
エクストロピアとは、エクストロピー/反エントロピー主義という意味が含まれており、それは生命活動で宇宙を豊かにしようという思想だが、ここでは、ハビタット(宇宙居住区)の名前でもあり、そこを拠点とする自由商業主義者たちの勢力を示す。

Hypercorp Black Marketeer ハイパーコープの闇商人
内惑星系で、ハイパーコープの商品を闇取引しているエージェント。

Jovian Spy 木星共和国のスパイ
生体保守主義者(バイオ・コンサバティブ)の支配する独裁国家、木星共和国(別名、ジョヴィアン・フンタ)から、ハイパーコープや内惑星系に向かって放たれた秘密工作員。改造なし、遺伝子調整なし、魂のバックアップもしない「自然の肉体」で、科学の生み出した怪物たちと戦う誇りある戦士。

Lunar Ego Hunter 月から来たエゴ・ハンター
月=ラグランジェ同盟からやってきた、バウンティ・ハンターで、対人捕獲戦闘の専門家。かつて、強制的に加速成長させられ、多数が死亡した「ロスト・ジェネレーション」の生き残りで、超能力(Psi)を持つ。

Mercurial Investigator マーキュリアルの探索者
物質的な肉体を持たず、メッシュの海を徘徊しているインフォモ-フ(情報義体)。
ドローンやメッシュを操る情報生命体AGI(汎用人工知能)。
マーキュリアルは、水星の意味もあるが、同時に、AIや知性化種(アップリフト)などの自立や権利獲得を目指す勢力で、外惑星系に広まっている。

Mercurial Scavenger マーキュリアルの盗掘屋
知性化されたタコ。
主に、技術職として、廃棄された宇宙ステーションや宇宙船から資材を回収して回っている。日本語を母国語とし、水墨画を趣味にする。非常に柔らかい肉体と8本の腕を持つ。
マーキュリアルは、水星の意味もあるが、同時に、AIや知性化種(アップリフト)などの自立や権利獲得を目指す勢力で、外惑星系に広まっている。

Scum Enforcer スカムの用心棒
スカムは、小惑星帯や宇宙空間を漂う宇宙移民船、あるいは、船団で暮らす放浪の民。無政府主義で宇宙海賊や犯罪者が多い。
スカムの用心棒は、スカム社会で育った荒くれ女で、戦いとフリーセックスを愛する。

Socialite Escort 名士の随行者
内惑星圏に住む大富豪たちは、事実上の不老不死を手に入れ、堕落した退廃的な社交生活を送っている。このキャラクターは、彼らに随行し、ピエロのように娯楽を提供するとともに、ボディガードを兼ねるエスコート役。
義体は機械式で、娯楽専用のプレジャー・ポッドで、自由に外見や性別を変更できる。

Titanian Explorer タイタンの探検家
パンドラ・ゲートを使って別の太陽系の探査に挑む冒険家、ゲート・クラッシャーで、危険を愛している。
出身地であるタイタン連邦は、科学技術が発達し、サイバーデモクラシーが実現している土星最大の月タイタンを中心にした外惑星国家である。

Ultimate Merc ウルティメイトの傭兵
「戦う哲学者」とも言われる傭兵。
ウルティメイト(究極党)は、徹底した社会ダーウィニズム、選民主義、禁欲主義で、人間としての完璧を目指す思想集団で、小惑星帯や天王星に拠点を築き、自ら開発した究極の義体で軍事産業に従事している。

Venusian Negotiator 金星の交渉人
金星の大気圏上層に浮かぶ浮遊都市(アエロスタット)の連合国家である、モーニングスター・コンステレーションに所属する凄腕のネゴシエーター。政治の上層部において、メディア対策、世論の誘導、情報操作などを担当する。


注記1:この連載は、知人のゲーム・ライター 岡和田晃さんの主催するアナログ・ゲーム・スタディーズ)(編注:本サイト)にも転載されています。こちらのサイトは、アナログ・ゲームを学術的に検証しようとするゲーム学的な志向の強いサイトで、一般のゲームサイトとはかなり雰囲気が違いますので、私のぐだぐだな解説でいいのかね? とも思いますが、同サイトで行われている「エクリプス・フェイズ」紹介の、敷居を下げる意味でバランサーになればよいと思います。

注記2:今回のネタではMixiのエクリプス・フェイズ・コミュのメンバーから的確なアドバイスをいただきました。感謝します。

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第5回はこちらで読めます。

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朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)
 TRPGデザイナー、ライター。スザク・ゲームズ代表。『シャドウラン4th Edition』の翻訳をシャドウランナーズとともに務める。代表作は『ブルーローズ・ネクサス』、『深淵 第二版』(ともにエンターブレイン)、『真・女神転生TRPG 魔都東京200X』(ジャイブ)など。TRPG以外の著作に『クトゥルフ神話ガイドブック』、『超古代文明』など(すべて新紀元社)。
 (『シャドウラン4th Editionリプレイ 旅する天使たち』新紀元社、2010より)

ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その2)

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ファイアウォールへようこそ:エクリプス・フェイズ紹介(その2)

 朱鷺田祐介

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当ブログAnalog Game Studies(AGS)は『エクリプス・フェイズ』(または『イクリプス・フェイズ』)公式サイト(Homepage | Eclipse Phase)で承認されているファンサイト(Fan Websites)の一つです(http://eclipsephase.com/resources )。

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第1回はこちらで読めます。

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 「エクリプス・フェイズ」の紹介その2。まあ、ゆるゆる行きます。

 この連載は、7/30の「Eclipse Phase体験会」でGMするための、復習的なものです。7/16-18の北海道遠征にも持ち込む予定なので、夜の部あたりで遊べればと思っております(編注:本稿は朱鷺田祐介氏のウェブログ「黒い森の祠」からの転載であるため、初出時の時事的内容については、再掲の際にずれが生じる場合があります。あらかじめご了承ください)。


Eclipse Phase Core Rulebook

Eclipse Phase Core Rulebook

  • 出版社/メーカー: Posthuman Studios, LLC.
  • 発売日: October 13, 2009
  • メディア: Hardcover, Full Color






●SFホラーの世界

 さて、前回、「エクリプス・フェイズ」は宇宙冒険SF-RPGだと書きましたが、同時に、ホラーと陰謀の要素が含まれた作品でもあります。
 どことなく、映画「エイリアン」を思わせる謎の宇宙服と機械触手、宇宙ステーションが描かれたカバーにも「The Roleplaying Game of Transhuman Conspiracy and Horror」(トランスヒューマン時代の陰謀と恐怖を扱うRPG)と書かれています。システム的にも、精神的なトラウマやストレスに関するルールがあり、「クトゥルフ神話TRPG」に似た部分もあります。

 実は、宇宙版「クトゥルフ」なの? という受け取る人もいるかもしれませんが、それも少し違います。

 いわゆるSF-RPG、というと、私も昔、「パラダイスフリート」を作りましたし、現在もサイバーパンク・ファンタジーの「シャドウラン」に関わっていますが、実は、SFにはホラーの側面があります。SF設定をきちんと追求していくと、ある種の「想像したら怖い技術社会や超科学、異星人や人類自身が産み出した悪夢」と直面せざるを得ません。例えば、「フランケンシュタインの怪物(科学技術による、人間の創造)」や「ロボット(機械と人間)」は容易に恐怖の存在となります。

 「エクリプス・フェイズ」でも、「人類殲滅を決意した戦闘AI、ティターンズの戦闘機械」や「外宇宙から持ち込まれたらしい謎のウイルス」がそうした恐怖の対象と見なされていますし、あるいは、「ハイパーコープが発明した先端技術の結晶や、パンドラ・ゲート(次元の門)のかなたから持ち込まれた宇宙文明の遺産が暴走する」場合もあります。

 また、「エクリプス・フェイズ」は、「魂(Ego)」がデジタル化され、「義体(モルフ)」を自在に交換できる世界です。この結果、様々な恐ろしいシチュエーションが発生します。
 例えば、「エクリプス・フェイズ」のオープニング小説「Lack」(欠落)は、主人公が新しい義体に魂をダウンロードされて目覚めるところからスタートします。どうやら、主人公とその仲間たちは、「ファイアウォール」のエージェントとして、何らかの任務に挑み、おそらく、死亡したのでしょう。主人公は、なぜ、自分たちが死んだのかを自問自答しながら、「ファイアウォール」の指示に従い、前の自分達が失敗したのかもしれない新たな任務(?)に挑戦します。 「へびつかい座ホットライン」というSFをお読みになった方なら、イメージがわくかもしれません。あるいは、「キルン・ピープル」などでもかまいません。

 こうしたSF的な恐怖と戦うのも、このゲームのテーマのひとつです。

●陰謀の要素:コンスピラシー

 もうひとつのテーマが「コンスピラシー」(陰謀)です。

 現実がそれほど簡単なものでないことは、誰にでも分かっています。そのため、ゲームであっても、少しでもリアルな世界設定を考えていった場合、そこには、国家観の対立や政治信条などの食い違い、しばしば、利益追求のために踏みにじられる正義や平和などといった社会の闇の要素が組み込まれていきます。時には、まるで陰謀論そのもののような秘密の策謀やスパイゲーム、残虐な軍事ミッションすら求められます。
 それらは決して表に出ない闇の動きであり、近年、「コンスピラシー物」として、さまざまなSF-RPGに組み込まれています。例えば、「エクリプス・フェイズ」の開発者であるロブ・ボイルがライン・ディベロッパーを務めていた「シャドウラン」では、大企業同士の暗闘の最前線で戦うフリーランサーであるシャドウランナーが主人公で、失敗した際には「存在しないはずの存在」として、依頼人から切り捨てられる存在です。(このあたりは、「スパイ大作戦/ミッション・インポッシブル」にある「なお、この件に関して、君、もしくは君の仲間が捉えられたり、殺されたりしても当局は一切関知しない」という宣言に近い「お約束」なのですが。)

 サイバーパンクの発展として、「陰謀論的な世界の前線で戦うヒーロー」の時代が来ているのです。

 「エクリプス・フェイズ」のPCたちも、さまざまな陰謀と戦うことになります。
 「エクリプス・フェイズ」の太陽系に散らばる無数の宇宙居住区は、経済資本主義と社会秩序の過酷な実験場になり、それぞれがさまざまな信条を抱え、あるいは、生存のために模索しています。時には、表に出せない形でさまざまな行動をします。それは、奇妙な根回しであったり、違法行為であったり、隠された軍事行動であったりします。PCたちは、そうした各国の陰謀の網の一部に触れ、あるいは、陰謀を突き止め、それらが「人類の絶滅を招くリスク」を抱えていた場合、それと戦うことになります。例えば、

・ハイパーコープ(超企業):利潤のために、危険な状況を引き起こしたり、異星人やティターンズに由来する危険な技術を乱用したりします。
・国家や勢力:太陽系に存在するさまざまな勢力が、人類全体のことを考えず、互いに争いあい、自らの都合を押し付けあったり、市民を搾取したりしています。
・パンドラ・ゲート:銀河の彼方につながる次元ゲートです。そこから流入する異星人の技術が危険であったり、逆に、この次元ゲートを巡って暗闘や軍事行動、テロなどが繰り広げられたりします。
・ティターンズの遺物:人類を破滅に導いた戦闘AI、ティターンズは消滅しましたが、その遺物である戦闘ロボットはまだ多数残っており、その技術や謎を巡って各勢力が暗躍しています。



 こうした陰謀を暴き、よりよい未来を目指して戦うのも、「ファイアウォール」の任務です。

●ファイアウォールの謎

 さて、PCは秘密組織「ファイアウォール」のエージェント「センチネル」となって、「トランスヒューマンに振りかかる絶滅の危機=エクスティンクション・リスク」と戦うと書きましたが、さて、この「ファイアウォール」とは何でしょうか?

 実は、よく分かりません。

 「ファイアウォール」は、謎の秘密組織で、PCたちのような構成員が社会のさまざまな場所に入り込み、必要に応じて呼び出され、チームを組んで「絶滅の危機」と戦うことになります。

 正義の味方?

 残念ながら、この時代における正義の概念はあまりにも多様化していて、「ファイアウォール」という謎の組織の目的が、正義とは見なされないことも多々あります。いくつもの法域では、違法組織と見なされていますし、多くの場合、国家がその存在を認めていませんので、都市伝説に過ぎないものとして、ほとんどの人が「ファイアウォール」の存在すら知らずに暮らしています。

 さらに、「ファイアウォール」の活動の中には、「大を活かすために、小を殺す」ような行為がしばしばあり、ハイパーコープ(超企業)やハビタット(宇宙居住区)に対するテロやサボタージュ、暗殺や強奪なども含まれます。もしかすると、ある宇宙船を守るために、いたいけな少女(おそらく、異星起源の危険なウイルスに感染)をエアロックから宇宙空間に放り出すような決断を迫られるかもしれません。

 組織の形態も秘密です。ルールブックにそれなりの説明はありますが、後半の「Game Information」に書かれた裏設定は、GMオンリーの秘密設定になっています。私が初版「ブルーローズ」で「秘匿情報」に指定したような背景設定で、ゲームを通じて少しずつ明らかにされるべき秘密設定だと思ってください。

 PCが知る範囲で言えば、前述の通り、「ファイアウォール」は「人類絶滅の危機と戦う秘密組織」であり、その全貌は謎に包まれています。慎重に構成された緩やかなネットワークで、PCがその全貌を知ることは、まず、出来ません。これは、敵の攻撃から組織を守るためです。それぞれのエージェントはメールなどでひとりずつ秘密裏に勧誘され、「バックアップからの復活保証」「資金や装備レベルの支援」などを条件に、エージェントになります。多くの場合、プロクシイと呼ばれる連絡役としか接点がなく、ミッションごとに、状況に応じたメンバーでチームが構成されます。
 義体も、任務に合わせて選ばれます。この時代、通信によるデータ転送は無限大のものにまで拡大しており、光速を超える「転送/Farcast」も可能になっているので、招聘されたエージェントが、「魂(Ego)」、あるいは、そのコピー(Fork)だけ現地に飛ばし、現地で義体にダウンロードして任務に当たるということもよく行われます。

 このあたりは独特の設定ですが、同時に、ゲーム的な効果もあります。

・PCが死んでも、バックアップがあれば、復活できる。(義体への再DLはしばしば精神に強い負担を与えます)
・物理的な距離を超えて、太陽系全土で活躍できる。
・状況に合わせて、外見や機能を乗り換えていける。
・必要があれば、コピーを同時に活動させることすらできる、(記憶や意志の再統合は、強い精神ストレスを生じますので、濫用にはご注意を)



 このあたりは、ゲームとして遊ぶためのご都合主義も含まれていますが、「人類絶滅の危機と戦うエージェント」を遊ぶためのギミックだと思っていただけるとたすかります。

●付記

 PCが「ファイアウォール」のエージェントとなるのは、あくまでも、デフォルト・キャンペーン設定(基本型として、デザイナーが推奨するパターン)になっています。ルールブックとしては、「エクリプス・フェイズ」の設定を生かした、どのような遊び方も、ユーザーの自由となっていますが、朱鷺田としては、それはあくまでもやりこんでからのものだと思いますので、この紹介記事では、プレイのイメージがわきやすい「ファイアウォール」から始めています。

 次回はできたら、コンベンションでゲーム告知に必要そうな、「サンプル・キャラクター」とか、「世界観」の話がしたいですねえ。


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第3回はこちらで読めます。

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朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)
 TRPGデザイナー、ライター。スザク・ゲームズ代表。『シャドウラン4th Edition』の翻訳をシャドウランナーズとともに務める。代表作は『ブルーローズ・ネクサス』、『深淵 第二版』(ともにエンターブレイン)、『真・女神転生TRPG 魔都東京200X』(ジャイブ)など。TRPG以外の著作に『クトゥルフ神話ガイドブック』、『超古代文明』など(すべて新紀元社)。
 (『シャドウラン4th Editionリプレイ 旅する天使たち』新紀元社、2010より)

GMが建設的にしゃしゃり出る方法について

 会話型RPG(TRPG)をプレイするにあたっては、ゲームマスター(GM)という存在が欠かせません。コーエン兄弟監督の映画を思わせるスラップスティックな物語を表現可能な『Fiasco』のようにGMレスのゲームも注目を集めてはいるものの、いまだ数多くの作品においてGMは必須となっています。

 このゲームマスターの「語り」(ナラティヴ)に、ホメロスの時代の叙事詩にも通じる、いわば口承伝統の技術の伝統に則った側面が存在することを否定する意見は少ないでしょう。しかしながら叙事詩のナラティヴ(語り方)と、近代以降の文化的なコード(共通項)に支配された私たちのナラティヴとの間には、少なくない距離感が介在しています。

 とりわけ近代の文芸批評は、ある意味、こうした距離感を認識するところから出発したものでした。文芸評論家のジェルジ・ルカーチは、叙事詩的な伝統に立ち返ることのできない近代文学の悲劇を「世界が神から見捨てられた悲劇」と呼んでいます(『小説の理論』)。

 近代以降の「ナラティヴ」が、一種の神なき時代の悲劇として措定せざるをえないのだとすれば、会話型RPGについて批評的に接するためには、当然、「ナラティヴ」のあり方について、いまいちど考えを進めることは必要な作業でありましょう。そこで「語り」に重きを置いたルールシステム、『クトゥルフ神話TRPG』(『クトゥルフの呼び声』)や『ワーウルフ:ジ・アポカリプス』の熟練ゲームマスター(ストーリーテラー)である汀亜号さまが、J・R・R・トールキンの『シルマリルの物語』を題材に、ゲームマスターの技術について、興味深いコラムをお寄せくださいましたのでご紹介いたします。

 『シルマリルの物語』は、同じ作者による『指輪物語』とは異なり、いわゆる近代小説のスタイルとは異質のナラティヴ、すなわち神話や叙事詩のスタイルを積極的に採用した作品です(*)。

 そのため、それ自体を(いわば直接の「模倣」の対象として)RPGで再現するには、いささかの困難が伴うのも事実です。汀亜号さまは、この問題をどのように考えたのでしょうか。(岡和田晃、下段解説部を含む)

(*)むろん、大江健三郎の『M/Tと森のフシギの物語』のように、両者を混淆させた作品も現代文学には存在します。『指輪物語』そのものにも神話的なナラティヴは部分的に介在しています。

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GMが建設的にしゃしゃり出る方法について

 汀 亜号

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■はじめに

 予め、ジャンルのお断りを。
 この覚書はTRPG(テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)というアナログゲームの、特にGM(ゲームマスター)と呼ばれる、ゲームの筋書き準備や展開管理を担当する参加者について、その手管を少々書き留めたものです。AGSをご訪問の方々のほとんどにはご紹介は不要でしょうが、複数方面のゲームを扱っておられる都合上、飽くまで確認までに。

 さて、こうして寄稿の機会を頂きましたものの、私は批評をするでなく、ゲームをデザインするでもなく、単にGMを務めるのが好きなだけの者です。TRPGに対しては単に消費者の立場にあります。ですから、高尚な何事かを期待なさっておられる皆様には、予めお詫びしておきます。私が書きますのは一料理のレシピ水準のメモでして、包括的な研究は他の皆様にお任せいたします。分析や総論からはほど遠うございますので、気を楽に読み流して戴ければ幸いです。


■『シルマリルの物語』を表現する

 きっかけは、Twitterをぼんやり眺めていて、ジャーマンメタルバンド「Blind Guardian」の話題をとっかかりに、岡和田さんと交わした雑談でありました。

 「Blind Guardian」はファンタジイ文学に造詣の深いバンドで、アルバム第8作『Nightfall in Middle Earth』(中つ国の夕暮れ)は、J・R・Rトールキンの『シルマリルの物語』を題材にしたコンセプト・アルバムとなっておりますが、その13曲目「Time Stands Still(At The Iron Hill)」は、『シルマリルの物語』で描かれる「俄かに焔流るる合戦」(ダゴール・ブラゴルラハ)においてなされた、「黒き敵」こと悪のヴァラール(唯一神イルーヴァータルに仕える天使のような存在)である“モルゴス”と、ノルドール・エルフの上級王“フィンゴルフィン”の果し合いを歌ったものです。

Nightfall in Middle Earth [CD, Import] / Blind Guardian (CD - 2007)新版 シルマリルの物語 [単行本] / J.R.R. トールキン (著); John Ronald Reuel Tolkien (原著); 田中 明子 (翻訳); 評論社 (刊)

 この曲に代表されるように、『Nightfall in Middle Earth』では、音楽という表現型式で『シルマリルの物語』が演出されるのですが、TRPGにおいて『シルマリルの物語』で描かれるかような場面を表現するにはどうしたらよいか、その際の手管について由無く話をしておりました。

 一騎打ちにおいてフィンゴルフィンは敗退を喫します。そして一方のモルゴスも、『シルマリルの物語』(や続く『終わらざりし物語』等において、さまざまな挿話が語られながら)滅びを迎え、時代が下った『指輪物語』では過去の話として語られる対象となります。

 それでは『シルマリルの物語』を、TRPGでどのように表現できるでしょうか。キャンペーン(連続セッション)を前提にした話です。

 私が即興で考えた演出の方向性は次のようなものでした。

1) GMに対し「GMよ、あなたはモルゴスだ」と告げ、モルゴスの視点から話を語らせる

2) 全ての話は断末魔のモルゴスが見る走馬燈として描く。である以上、シナリオの順番は時間に従っていなくてよい。むしろ、後から見れば決定的瞬間だった時と場だけを辿らせてよい

3) セッションによって確定した事実が、その世界の辿ってきた歴史的事実となり、かつ、最後に描かれる(最初は陰に隠れている)モルゴスの末期を変えていく

4) 末期が決定されるたびに、GM(モルゴス)は次のセッションの展開を軌道修正する

5) PCの成長はシナリオ終了ごとに起こしてよい。時間的には不整合が出るけど気にしない。死亡した場合のみ、復活のコストを追加ルールとして定めておく。フィンゴルフィンが死んだらキャンペーンは失敗、終了でも構わない

 このようにすれば、GMが『シルマリルの物語』について抱いている印象を建設的に語りに組み込めます。また、思い出話だった筈のものが、参加者によって修正され、その修正がいつの間にか現実を変更していく、という不思議な感覚を味わえると考えました(百物語の頃からある、話が現実を侵すという、魔法的な愉悦ですね)。

 これは、「皆でやる思い出話」をTRPGに応用したものです。集団で昔に思いを馳せる時、私たちがよくするのは「納得する思い出を組み立てること」であって、正確なデータを復活させることではありますまい。参加者の思いに従って過去は変わっていくものですし、それで構わない。

 では、TRPGのセッションにおいてもそれで構わないとしてしまえば、整合性やらに縛られずに大きなドラマを遊べるのではないかと思います。


■GMが個性を出すには?

 実は私が文字に起こせるレベルで考えたのは最初のアイデアだけです。この先は由も無い語りとなりましょうがご容赦を。やや一般に、GMが個性を出す手管について、今回のアイデアを起点に短くまとめておこうかと存じます。

 原作や緻密な世界設定があるゲームを遊ぶに当たって、GMが苦労する事柄の一つとして、雰囲気の演出があります。情景を見ているのは通例PCですから、そこにある情感をGMが描いてPLに押しつけてしまうのは大抵愚策です。しかし、叙事的な語りだけでPL諸氏を共感せしめるには話芸が要り、これも大変です。では、何故ここが悩みになるかと問うと、それはGMが中立たらんとしてしまうからです。

 中立者たるGMでは情景が描けないというのならば、語り部としてのGMもまた個性的であることを積極的に受け容れていけばよい。何に対しても全く客観的で中立な人、などという気持ち悪い何かを(失礼、口さがないもので)目指すのはいったん止めて、嘔吐感を伝えようとしたサルトルのように、その人らしく語っていいではないか、と私は思います。ただ、単に建設的かつ個性的であれと言われても却って困ってしまう。

 そこで、主要NPCにGM自身を投影せざるを得ないように仕組むのが、セッション全体に対して建設的な手の一つであろうと思います。そのNPCはキャンペーン全体の流れに添え遂げる事が予め分かっている人物でなければなりませんし、PLの気紛れで舞台から抹殺される危険が少ない立場と能力を持たないといけません。そのために私が思いついたのは、悪のヴァラールたるモルゴスによる、断末魔の走馬燈でした。

 GMを投影するNPCの設定方法は、他にも色々あり得るのだろうと思われます。そこはGM諸氏の愉しい妄想にお任せすることになりましょう。

 悪文を充分に長く書きすぎましたので、これにて筆を擱きたいと存じます。半端な覚書にお付き合い下さった皆様、有り難うございました。ご参考とまで行かずとも、暇潰しになりましたならば誠に幸いです。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
GMが建設的にしゃしゃり出る方法について by 汀亜号 is licensed under aCreative Commons 表示 – 改変禁止 3.0 非移植 License.
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 本コラムではゲームマスターの技術について語られましたが、ルール・メカニズムの内部においても、RPG側はこうした問題については試行錯誤を重ねてきました。

 『指輪物語ロールプレイング』においては、舞台となる「中つ国」の歴史的背景の表現に集中することで、こうした幣を乗り越えようとしてきました(『指輪物語ロールプレイング』では、地域ソースブックの情報を活用し、『シルマリルの物語』の主たる時代背景「第一紀」で冒険を繰り広げることができます)。

 近年発売されたシステム、たとえば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第4版では「神話級」というゲーム・スケールを採用することで、近代以降のナラティヴ(語り方)では表現が難しいとされる壮大なストーリーを自然に表現することが可能となっています。

 また『ブルーフォレスト物語』第3版においては、キャラクターを「亜神」と規定しつつ、近代的理性では代補しきれない人間表現のあり方に焦点を当てた「権現」システム等、種々の画期的な試みを取り入れることで、既存の物語構造やアーキタイプとしての無自覚な反復に留まるのではなく、主眼たるゲームマスターのナラティヴそのもののあり方の認識に焦点を当てる設計がなされています。

 今回ご紹介する汀亜号さまのコラムは、こうしたルール・システムの冒険ともリンクしうる、優れた提言になっているものと思います。(岡和田晃)

「世界劇場」から外れた演技者ジュヌヴィエーヴ――ジャック・ヨーヴィル『ドラッケンフェルズ』と「流血劇」についての試論(付記:「向井豊昭アーカイブ」のご紹介)

去る6月12日に東京で開催されました第12回文学フリマでは、Analog Game Studiesでは「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」を作成して無償頒布を行ない、好評を得ました

この「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」を委託していただいた「幻視社」では、このたび「向井豊昭アーカイブ」と題しまして、(遺族の許可を得たうえで)「幻視社」4号で特集されていた反骨の作家・向井豊昭さまについての記事をオンラインで公開するはこびことになりました(http://www.geocities.jp/gensisha/mukaitoyoaki/index.html)。

向井豊昭さまの小説は、クロード・シモン『三枚つづきの絵』に影響を受けた物語型式の自由さを追求した作風となっており、とりわけ構造と密接に結びついた言葉遊びや詩歌への強い関心は、ルドロジー(ゲームを研究する学問)的な方法論とも親和性が高いと言えるでしょう。
そして「向井豊昭アーカイブ」と連動する企画としまして、Analog Game Studiesでは、(「幻視社」主幹の東條慎生さまの許可を得たうえで)その他「幻視社」4号(「特集:見えないもの」)所収の論考のうち、 Analog Game Studiesの読者の関心領域にも強く共鳴するだろう、「ウォーハンマー」世界を舞台にした文芸評論(ジャック・ヨーヴィル論)をウェブで再掲させてい ただくことになりました(同号は、在庫がすでにありません)。
「幻視社」主幹の東條慎生さま、ならびに購読者の方々に改めてお礼を申し上げます。

試論ということもあり荒削りで恐縮ですが、本稿を、そして「向井豊昭アーカイブ」をご覧ください。そしてRPGやアナログゲームと文学(SF)の、幸福なパートナーシップを体感いただけましたら幸いです。(岡和田)

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※この記事(試論)は、大幅改稿のうえ、2014年5月5日に文学フリマ会場で先行発売される予定の商業誌「TH(トーキング・ヘッズ)」No.58(アトリエサード/書苑新社)に収録されましたので、削除させていただきました。

第12回文学フリマ&ゲームマーケット2011で『エクリプス・フェイズ』のファンジンを受け取っていただき、どうもありがとうございました!(付記:門倉直人さまのコメント)

第12回文学フリマ&ゲームマーケット2011で『エクリプス・フェイズ』のファンジンを受け取っていただき、どうもありがとうございました!(付記:門倉直人さまのコメント)

 岡和田晃 (協力:門倉直人、仲知喜)

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※当ブログAnalog Game Studies(AGS)は『エクリプス・フェイズ』公式サイト(Homepage | Eclipse Phase)で承認されているファンサイト(Fan Websites)の一つです( http://eclipsephase.com/resources )。※


 少し時間が経過してしまいましたが、Analog Game Studiesをご覧の皆さま、第12回文学フリマ、そしてゲームマーケット2011にお越し下さり、本当にありがとうございました。

 Analog Game Studiesが二つのイベントで頒布したファンジンについての解説は、下記をご覧ください:
http://analoggamestudies.seesaa.net/article/209175577.html
http://analoggamestudies.seesaa.net/article/209002383.html

 この場を借りて、改めてお礼を申し上げつつ、当日の模様を簡単にご報告させていただきます。

 今回、私は文学フリマで最初から最後まで(途中交代は幾度か挟みましたが)、「幻視社」の店番をしておりました。「幻視社」のエンドケイプさま、渡邊利道さま、佐伯ツカサさまも応援に駆けつけて下さり、賑やかなブースとなったと思います。

 Creative Commonsを活用する形で、表紙フルカラー・本文モノクロ・A4版・本文24頁の書籍を、文学フリマでは100部用意し、無償で頒布させていただいた所存です。

 表紙画像と、内容を一部紹介させていただきます。
 
表紙レイアウト (1)_01.jpg


『衛星タイタンのある朝』
EclipsePhase_Introduction_Book_01.jpg


『DOG TALE』
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 途中、Analog Game Studiesの高橋志行氏が応援に駆けつけ、iPadを用いて、「Eclipse Phase Introduction Book 2011 For Japanese」のフルカラーPDF版を紹介するなどという変化球もありましたが、終了1時間前には頒布終了いたしました。

 アートワークと表紙のデザインがとても美しいものになりましたので、普段ゲームに馴染みのない方や女性のお客さまに、数多くお手にとっていただけたのが望外の喜びです。印刷を頼んだポプルスさまが、サービスでポスターを作ってくださったのも大きかったでしょうか。ポスターの張り出しを許可してくださいました東條慎生さまに感謝いたします。

《「幻視社」ブースの様子》(顔出しOKをいただいているのは放送作家のエンドケイプさまです)
IMG_0586bokashi.JPG

 最初にブースへご来場いただいたのは、『CODE2.0』で知られるローレス・レッシグ教授と交流があるCreative Commonsの研究家の方。
 Creative Commonsを用いた『エクリプス・フェイズ』のコンセプトに注目されていました。

 ほか、『GURPS』を愛好する漫画専門店の店員の方、『ウォーハンマーRPG』オンリーコンによく来ていたを愛好するRPG者/SFファンの方、ロード・ダンセイニ研究家の未谷おとさまゲームSF短篇連作シリーズの第三作「清められた卓」が好評の小説家の宮内悠介さま、第49回日本SF大会TOKON10実行委員長の立花眞奈美さま、「筑波批評」のシノハラユウキさま、ゲーム評論誌「GAME DEEP」主催の中田吉法さま、レオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』の翻訳等で知られる翻訳家の垂野創一郎さま、漫画家の三五千波さま、フランス文学者の石橋正孝さま、さらには名前は上げませんが複数の出版社の編集者の方々など、多くの方々に「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」を受け取っていただくことができました。

 お客様とお話させていただいた感覚では、文学的運動体としての「サイバーパンク」への期待というものは、『ニューロマンサー』日本語版から25年が経過した現在にあっても依然として根強いという印象を第一に受けました。

 また、Analog Game Studiesの高橋氏に会いに来たサイバーパンク青年、『ウォーハンマーRPG』リプレイでプレイヤー参加してくださった坂本峻平さま、また、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』のトークライブに来られた方などがわざわざ立ち寄ってくださるなど、Analog Game Studiesメンバーの活動によって『エクリプス・フェイズ』に興味をいただいてくださった方がいらっしゃることが実感できたのも感慨深いことでした。



 なお、当日配布された「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」には誤植が存在しました。同書に挟み込んだペーパーに正誤表を掲載いたしましたが、こちらにも掲載しておきます。

誤)表紙アートワーク:Zachary Graves

正)表紙アートワーク:Leanne Buckley



 ご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。書籍版を入手された方にサービスで配布しております、フルカラーPDF版ではすでに修正されております。
 


 私、岡和田晃は「幻視社」最新五号の販売協力もいたしました。

 こちらは表紙フルカラー・本文モノクロ・100頁・500円という体裁となっています。

 「死者/使者」をテーマにした創作群、アルバニアの国際ブッカー賞受賞作家イスマイル・カダレ、そして松籟社から刊行されている〈東欧の想像力〉叢書のガイド、さらには異端のアナーキスト作家・向井豊昭の特集を軸に、実売数にして45部程度を売り上げることができました。

幻視社5表紙.jpg

 「東欧の想像力」は、セルビア・チェコ・アルバニア・ハンガリーなど、旧共産圏の現代文学の最先端を紹介する野心的な叢書で価格帯も抑えめな叢書です。
 世界文学の最先端を知るためのブックガイドとして活用していただければ幸いです。私のおすすめは、渡邊利道さまのイスマイル・カダレ『死者の軍隊の将軍』についてのエッセイ「類似と自由」。映画『こうのとり、たちすさんで』との比較も鮮やかなエッセイです。

 なお、先んじて「幻視社」五号内で紹介しておりました、イェールジ・コジンスキーの『異端の鳥』の新訳『ペインテッド・バード』の告知が松籟社様の方で出ております

 当日は、これを買うために大阪からわざわざお越し下った方、国書刊行会の「文学の冒険」シリーズについての本を作るからライバル調査に来たという方、SFレビュアーの橋本輝幸さま、さらには「全集を待望」と熱弁をふるった熱狂的な向井豊昭ファンの方など、豊かな出逢いがありました。

 また、「Eclipse Phase Introduction book For 2011 Japanese」を頒布された方の多くは、「幻視社」にも興味を示しお買い上げくださいました。併せてお礼を申し上げます。

 「幻視社」の三号と四号はすでに在庫がありませんが、今回の文学フリマでの新刊「幻視社」五号、そしてバックナンバーである「幻視社」二号は在庫があります。

 通信販売が行なわれておりますので、ご希望の方は、以下にまでメールをいただければ支払い方法などを案内いただけるということですので、ご興味をお持ちの方は、ご連絡をいただければ幸いです。

「幻視社」五号、二号の通信販売希望者連絡先:

inthewall★king-postman.com (★→@)





 続きましてゲームマーケット2011のレポートになります。

 Analog Game Studiesからは齋藤路恵氏と髭熊五郎氏が、50部をゲームマーケットに搬入し、正午過ぎから頒布が開始されました。

 ゲームマーケット201では、「カナイ製作所」さまのブース……。

「カナイ製作所」さまのブース
カナイ製作所2.jpeg

 そして(当日急遽決定したので、Analog Game Studiesの告知ができず、申し訳ありませんでしたが)「グランペール」さまのブースにおいて委託をさせていただき、第12回文学フリマと同じく、それぞれ無償で頒布をさせていただきました。

「グランペール」さまのブース
グランペール.jpeg
 
 それぞれ、あっという間に品切れとなってしまった模様です。

 出展者用の最後の一冊を回覧されるのみに終わった方が多数いらっしゃったようですが、この場を借りてお詫び申し上げます。

 ご来場いただきました皆さま、また、慌ただしいなか、とても丁寧なご対応を下さりましたカナイ製作所のカナイセイジさま、グランペールの伏見健二さまにこの場を借りてお礼申し上げます。

 お二人からは『エクリプス・フェイズ』紹介への期待の声が多かったとも教えていただき、改めて気を引き締める思いです。



 また、サンセットゲームズの古角博昭社長が、ウェブログで「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」の紹介をしてくださいました。ありがとうございます。

 ゲームデザイナーの朱鷺田祐介さまも、同書の入手報告、ならびに『エクリプス・フェイズ』のプレイレポートも掲載してくださっております。『エクリプス・フェイズ』のゲーム的な側面にご興味をお持ちの方は、ぜひご覧ください。



 文学フリマ終了後、Analog Game Studiesに協力・応援をいただいた方々に、一足早く「Eclipse Phase Introduction Book For 2011 Japanese」のフルカラーPDFファイルを、(むろんCreative Commonsに則って)無償送付させていただきましたが、お送りした方々から、暖かい感想をいただきました。

 そのうちゲームデザイナーの門倉直人さまから、興味深いコメントをいただきました。門倉直人さまの許可をいただいたうえで、こちらに紹介させていただきます。門倉さまの感想を読み、私は、意味の性質が物理量の違いとして記述されないという指摘からイメージが広がり、ニューウェーヴSFの粋を尽くした短篇「宇宙の熱死」(パミラ・ゾリーン)を連想しましたが、皆さまはいかがでしょうか。

 また、心理学的な多重人格とEP的な考え方から、定家へと至る独創的な思考実験は、短いながらも実にスリリングであると考えます。

 新しい言葉にめっぽう弱い自分は、ポストヒューマンという言葉を初めて聞き、その発信元たるトランスヒューマニズムと合わせ今回、勉強する機会を得た。最近、ランダウアーの原理から情報量と物理量、そして「意味」の問題から情報熱力学に興味をもってきた自分にとっては、なかなか愉しい経験を与えていただいたと思う。

現在のところ自分は、各個体、また各ヒトの精神なるものは、環境(おおげさに聞こえるかもしれないが「宇宙」と言ってよい)との量子的なつながりにより(結果的に)座標を結ばれていると推測している。よって精神転送(精神アップロード)により自意識の連続性を確保したまま自分のコピーができ、不老不死も可能という考えには否定的だ。人工精神体は、理論的に可能かもしれないが、生身の人間が自我をそれに完全に移すことは不可能と感じている。おそらく自我は、in situ(イン・サイチュ)であろう。夢野久作がなんと言うか興味深いところだが、まさにドグラ・マグラ的な因果があるので、生身から生まれた人間が途中からインフォモーフになるのは真空相転移させて宇宙をもう一ヶ創るぐらいタイヘンかもしれない。

現在の情報論は、時の流れの中での意味論としては、ほとんど役に立っていない。それは、情報論を支えるパラダイムが、物理世界を記述する論理体系の写像でありそれ以上でも以下でもないからだ。簡単に言えば「意味の性質」が物理量の違いとして記述されないなら、どうにもならない。それゆえランダウアーの原理に照らせば「情報が少なくなれば(結果として)宇宙が冷えている」のであるが。

(この話をしだすとキリが無いのでやめる)

しかし純粋かつ敬意をこめ「遊び」としてのエクリプス・フェイズは、人の思考実験の場として、とても面白そうだ。心理学方面へ進路を変更した際、最初に学ばされたのは、16の人格を創って環境に対応せざるを得なくなった多重人格症例だった。「アイデンティティとは何か」から見えてくる人の心の不思議……。人間は成長とともに精神を急速に分化させていくが、そうして分化させた精神どうしのリンクが様々な原因で切れたり弱くなったりする。それは成長の1プロセスでもあるが、時に様々な障害をもたらすこともある。情報産業の発達と進化は、今や人の精神コピーを、たとえれば静止画から動画へとナマナマしく映すようになっていくだろう。経済活動もこうしたバーチャルエージェントが多く担うようになれば、仮想現実で自律的に活動する自分の分身へ、より大きな存在価値を見いだし依存する人も増えるだろう。そんな時代に要求されるのは「爆発的に増殖する自分の分化した精神と、どう向き合い、つき合うか」なのやもしれぬ。自我をin silico(イン・シリコ)へ完全移行することには(先述した理由で)かなり懐疑的なのだが「自分が薄くなっていく新しい感覚」には直面するだろう。これは必ずしも悪いことではないが、人によっては、かなりの危険をともなうかもしれない。

面白いことに、近ごろ出した自分の拙著(編注:『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか? ~言葉(ことのは)の魔法~』、新紀元社)で、藤原定家と幽玄技巧について書いた際の魔法イメージが、この『エクリプス・フェイズ イントロダクション・ブック』のPDFを読んでいるときに浮かんでならなかった。それは「ボクは、ほんの少しだけキミで、キミもほんの少しだけボクなんだ」というもので「しかし、二人の間にはボクでもキミでない、カスミのような何かが潜在している」というものだ。『エクリプス・フェイズ』は、そんな状態を想像しながら思考実験する、よい機会になるかもしれないと感じた。(門倉直人)

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「Eclipse Phase Introduction Book 2011 For Japanese」へのコメント by 門倉直人(Naoto Kadokura) is licensed under aCreative Commons 表示 – 改変禁止 3.0 Unported License.


 各所で好評をいただきました「Eclipse Phase Introduction Book 2011 For Japanese」ですが、印刷版の再版・フルカラーPDF版の無償配布をそれぞれ検討中です。Analog Game Studies読者の方へのフルカラーPDF版の無償配布の方が早く実現しそうですので、もう少しお待ちください。場所や方法が決定次第、Analog Game Studies上で告知いたします。

 ご希望やご意見などがございましたら、analoggamestudies1★gmail.com(★→@)にまでご連絡をいただけましたら幸いです。

追記;
 再掲が実現いたしました!
 日本SF作家クラブの公認ネットマガジン「SF Prologue Wave」http://prologuewave.com/)において、創作者集団NEO、および『エクリプス・フェイズ』翻訳チームのご協力をいただき、会話型RPG『エクリプス・フェイズ』のシェアード・ワールド企画にAnalog Game Studiesのメンバーが参加する、という形になっています。
 岡和田晃によるコンセプト解説「シェアード・ワールドとしての『エクリプス・フェイズ』はこちら(http://prologuewave.com/ep_explanetion)。
 2012年6月5日~7月20日の4回に分けて、2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団発行)をフルカラーPDFにて再録いただいております。
 内訳は……。

「特異点への突入」(待兼音二郎)
「衛星タイタンのある朝」(蔵原大&齋藤路恵)
「DOG TALE 犬の話」(仲知喜&蔵原大)
「Feel like makin’ love――about infomorph sex」(齋藤路恵)
「戦う『ショートショート』又はボーイ・ミーツ・ガール」(蔵原大)


 以上5作品です。
 是非ご覧ください!